天使がくれたうた


リトを待って二年と七ヶ月が経った、ある夏の昼下がり。

「ど、どうしたの、ユタ……」

その日は朝から雨が降っていて
玄関を開けるとずぶ濡れになったユタが立っていた。

「マカ…これ……」
「え?」
「これ、拭いておい……」
「っ、ユタ!!」

前のめりに倒れたユタを支えると、その熱さに驚いた。
こんなに濡れたんじゃ、いつも元気なユタでも風邪はひくか…。

それにしてもこの荷物、なにが入ってるのかな。重たい。


とりあえず部屋に入って、荷物が入った大きな布袋を拭いた。

ユタを先に拭いてあげたかったけど、この袋を拭いてと頼んだユタが、必死だったから。

中を開くと、楽器が入ってた。

「ギター…?」

組織に頼まれて運んでる物かな。
それとも…ユタが弾くのかな。

「ギターじゃねーよ、それ」
「ユタ!平気?寝られる?」
「ごめん、ありがとう。」

ふらふらしながらTシャツを脱いでベッドに入ろうとするユタを支える。

「ギターじゃないの?」
「…ん。ベースっていう重低音の楽器」
「……ユタが弾くの?」

目を細めて、穏やかな顔でベースを見るユタ。

「………昔、少しな」

ユタが過去を話すのは、出会ってから、初めてだった。


リトの過去が悲しくて苦しいものだったように
ユタの心にあるものたちもまた、きっと悲しみで重たくなってる。

この二年七ヶ月、ユタとは同じ年月を過ごして、一緒にリトを待ったけど

ユタは時々、辛かったんだろうと、思わせるような時がある。

表情、態度、声、行動
ユタはリトより、わかりやすい。

……雨に濡れて帰ってくるのは初めてだけど、きっと。

「マカ…ベース取って」
「うん」

上半身を起こしたユタにベースを渡す。

「ありがとう」

ユタは受け取ったベースの弦に指をかけた。


「―――……」


一生忘れない

そう思った。

音とうたに感動したのは、初めてだった。


「マカ、泣いてんの?」
「……感動した」

重低音のメロディーに、ひとり言のようなユタの歌声がのって
それがわたしの中を、ゆっくり歩いてくようにやさしいうただった。

「…急に泣くなよ、麻花」
「だって……ユタにも、会いたいひとがいるの…っ?」


うたにも楽器にも知識がないわたしが、泣くほど感動したのは、

やさしく聴こえたのは、たぶん
わたしの今の気持ちに、ものすごく似合ううただったから。

「わたしの気持ち、ユタは、わかってくれる?」

リトを好きなことが、親にバレた。学校では、ウワサになってる。

“自分を誘拐した犯罪者に恋して、待ち続けてる女”

わたしをわかってくれるひとは誰もいない。
世界中、どこを探しても、きっとどこにも。

仕方ない。
そう思うことにしたけど、そう思うたびに、リトは世界が思ってるような酷いひとじゃないんだと訴えたくなる。

誰もわかってくれないのに。

「わかるよ。
リトはやさしい。リトは穏やかで、慈悲深くて、恩愛強くて、強く生きてる。
俺はリトを知ってる。」

涙が止まらない……。

「…わかるよ。会いたいと願う気持ちも、苦しみも。」

会いたくて会いたくて会いたくて、たまらなくて
笑顔も声も、そばにないのがこんなにも辛くて
泣き疲れて眠る夜は、もう何度あったかわからない。

それでも、リトがどこかで生きているかぎりわたしはまた会える日を待ち続けるだろう。

きっとリトも、寂しい。悲しい。苦しい。泣いている。泣かないように我慢してる。

だから会うことを許される日まで、あの7日間に、思い焦がれながら。


「麻花と俺も一緒にリトを待つ。あの日そう約束した。だから、何があっても」
「うん…。待つよ。」

帰る家がなくても
居場所を失っても

リトの帰る場所を、わたしはつくりたい。

「ん」
「ねぇユタ、あのうた何ていうの?わたし、CD買いたい」
「CDはねぇよ。中学のとき俺が天使に向けて歌ったやつだからな」
「え、ユタが作ったの!?」
「おー」

す、すごい。

「また聴かせて」
「…いいよ」

照れたような顔でユタはそう言った。

「なぁマカ。リトに会ったら、まず何がしたい?」
「キスがしたい!めいいっぱい甘いキス!」
「俺も、もしあいつに会うことが叶ったら、キスがしてぇな」
「うん。きっと天使さんも喜ぶよ!」
「天使さん?」
「ユタの天使なんでしょ?」


その日から、わたしの部屋にはベースが置かれるようになって、ユタが来てくれた日は、小さなコンサートを開いてくれた。

きれいな低音
きれいな歌声

「ねぇ、タイトルは?」
「“天使がくれた恋のうた”」


ユタがいつか、天使さんに会うことがが許される日が来ればいいと、ユタの音楽にのせて願った。


* * * * *

byうたかた(asaka×uta)

泡沫シリーズ最新作公開記念のようなもので、リトを待った五年間の中のほんと一幕のマカとユタでした。ユタがたまに「麻花」って呼ぶ感じがお気に入りですー。今回はシリアスなので、軟派なユタは引っこませました(笑)

次の拍手お礼更新は年越し前に一度やりたいと思っています。ネタは引き続き募集してますのでよかったらぜひ^^^^

それでは、拍手ありがとうございました(*^^*)



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