あの頃に捨てた
星に逢いにいく

(もう一度だけ。でも、これで終わり)


学園祭がおわってしばらく経った頃だった。

「露木、おはよ」

茉幌と下駄箱に靴を入れているとうしろから話しかけられた。振り向かなくても誰なのかわかる。だけどいつもと…今までとは、ちがった。

「常盤くんおはよう。昨日の野球の試合、見ましたか?」

となりの親友がピーンと背すじを伸ばして、震えそうな声を少し張るようにして、あいさつにプラスで話しかけはじめたのを聞いて、正直おどろいてしまった。

それは、つい最近までは苦手だと言っていた野球の話をしていたからじゃない。…清雨と話をしている。しっかりと会話が続いている。そのことについての感情。

「日葵、おはよう」
「あ、おはよ、千昂」

茉幌と清雨が話していることがおかしいと思ってるわけじゃない。前は清雨が話しかけても茉幌は人見知りを発揮していたし、緊張感が伝わってきていた。でも体育祭のソフトボールも一緒に練習していたみたいだし、ぜんぜんおかしくない。わかっているのに、なんでこんな、おかしな気持ちになるんだろう。

彼氏の目は、なんだかそんなわたしを見透かしているように見えて、どきどきした。

「今日の数学駒井当てられそうだな」

あ。と思った。
今日初めて清雨と話したなって。
わたしより先に茉幌に声をかけたの、初めてだったなって。

「やっぱりそう思う?今の数学の場所危ういんだよね」
「塾通ってた頃から数学できないだろ」

憎まれ口を言われる。いつもの清雨だった。だからそれがうれしくて、なんとなく、清雨の広い背中をぽかぽかと叩いてみた。気休めの安心感が身体を貫く。なんで安心する必要があるんだろう。何が不安なんだろう。だって清雨が、いつもの調子なのに、平気な顔して塾の頃の話を口にしたんだもん。

ぜんぜんいつも通りじゃない。少なくともわたしにとってはそうだった。

学園祭の時に茉幌を好きな男の子に言われたことが頭をよぎる。

『いつまでも子供じゃねえんだから、話せないことだってできてくるだろ』

わたしは中学生の頃、片想いをしていた。自分でも思ってしまうくらい淡くて切ない片想い。
なんとなく、あいつとは友達以上になれないんだろうなって予感はあった。だからあいつへの気持ちを茉幌にはっきり打ち明けることはできなかったんだ。
自分の見栄っ張りには嫌気がさす。
もっと素直になれていれば、こんなにもやもやした曇天の分厚い雲のような感情にならなくてすんだはずなのに。

きっと茉幌もそうなんだ。
なにかがあって、わたしにひみつ事をしている。
それを責められる立場でもないのに、淋しいの。淋しいのに、心のどこかでホッとしてる自分もいる。

だけどいつの間にか、わたしの親友は強くなっていた。クレープを食べていた時だ。たしかにおかしな行動はあった。

「もしかして話そうとしてくれてる?ずっと茉幌がひみつにしてること」
「うまく話せる自信がないんだけど……キライにならない?」
「キライなるわけないよ」

それは本心だ。
茉幌を好きな気持ちは誰にも負けない。
だけど、すこしだけ、こわかったよ。


「じつはわたし…常盤くんのことが、大好きなの」


その後のことはあまり覚えていない。せっかく話してくれたのにごめんね。

真っ直ぐな目でわたしを見てくれたのに、わたしは俯いてしまってごめんね。

茉幌の話を聞きながら、清雨と出会った瞬間から今までの日々を浮かべていたの。ごめんね。


「駒井、最近元気ないよな」

清雨と帰りの時間がかぶったのはたまたまだった。千昂と茉幌はバイトだから仕方ないのに、なんだか気が引けてしまう。
こんな気持ちになるの、おかしいよね。
最低だよね。
もう過ぎたものだったはずなのに、あの頃の気持ちが蘇ってきそうなんだ。

「え、そうかなあ」
「千昂はバイトか。久しぶりに送るよ」

そう言った清雨の表情は、どこか吹っ切れたような晴れやかさを感じる。
送るよなんて言われるの、本当に久しぶりだよ。隣を歩いて家路をたどるなんて、中学生の、塾の帰り以来。
あの頃はお互いのことをたくさん話した気がするけど、今の清雨は、千昂の話ばかり。わたしの口からも千昂のことがたくさん出てくる。いつの間にか、わたしたちの共通の好きは、千昂になってた。

だけどきっと、これからはもうひとつ増えていく。

茉幌が清雨を好きになったことも原因のひとつではあるんだろうけど、それ以上に、あの引っ込み思案で弱かった茉幌がわたしの知らない間に自分の気持ちと向き合えるほど強くなってたことが、くやしかった。
優しい茉幌のことだから、清雨への想いをひみつにしてくれていたんだ。わたしの気持ちに気づいてたから、すごく悩んだと思う。それでも打ち明けてくれたこと、くるしくて、うれしかった。

「ねえ、清雨」

わたしも晴れやかに笑いたい。
茉幌に優しい言葉をかけてあげたい。
清雨とまた楽しく話したい。
千昂に真っ直ぐでありたい。

「中学生の時、好きだった」

ちゃんと終わらせたい。これが唯一、茉幌にしてあげられることだと思った。
清雨は目をまるくして一瞬息をのんで…そして少しだけ笑った。

「おれも好きだった。そっか、両想いだったんだな」
「そうだね」
「かっこ悪いこと言うけど、自信なくて、千昂と日葵を引き合わせるようにした」
「そうだったんだ……そっか」

好きなひとの弱さに気づけなかった。

「でも千昂と付き合えてよかった。わたしにはきっと千昂の強さが必要だった」
「うん」
「それに清雨のなかのいろんな気持ち…わたしには見えなかったけど、茉幌なら、見えてるんだと思う」
「…おれにも露木が必要」

あの頃持てなかった勇気は、清雨には茉幌が、わたしには千昂がくれた。それが終われていなかったわたしたちの気持ちを終わらせていく。

「茉幌のこと、好き?」

清雨の笑った顔、久しぶりに見た。

「うん、すげー好き。一番好き」

清雨が笑うとわたしもつられて笑えたことを思い出す。

「わたしの親友をよろしくね」

晴れやかな顔、できてるかな。
やっと心のなかが空っぽになっていく。
なんだか泣きそうになったけど、それ以上に、親友の気持ちが叶おうとしていることがうれしかった。

わたしも茉幌みたいに、自分と向き合えたよ。

「…という出来事がありました」
「うん、清雨から聞いた。報告ありがとう」

あれから千昂のバイトが終わるのを待って家に来てこうして今日の、ううん、中学生の頃からの出来事を話したのに…清雨のほうが一足先に報告してたみたい。早すぎる!

「大丈夫?」
「え、」
「日葵は本当にこれでいーの?清雨たちはきっとこれからもっと仲を深めて付き合っていくんだよ。それを一番近くで見るのは、日葵だ」

千昂は優しすぎる。
優しくて、残酷で、正しい。

わたしはその奥にあるあたたかさに、何回も救われた。清雨への気持ちをあきらめた時も、救われた。

「大丈夫だよ。わたしが大切にしてる気持ちはふたつしかないから」
「ほろちゃんのこと大好きだもんな」
「うん。だから親友として応援するし、あんまりラブラブだと清雨のこと殴っちゃうかもしれない」
「殴るのかよ」

「ーーーー でも千昂がいちばん好き」


わたしが向き合うまで待っててくれてありがとう。わたしのこと、ゆるしてくれてありがとう。

「やっと笑った」

そっと抱きしめられた。
広い背中に手をまわす。
千昂のうでのなかは幸せに満ちている。
わたしも、千昂にとって、そういう存在でありたい。

「もし誰かがいいって言われても、誰にも渡さねえよ」

うん、これからも離さないでね。

誰かじゃなくて千昂がいい。
たとえば過去に戻れるとしても、あの頃のわたしはやっぱり、きみの手をとるよ。

必ず手を握り返してくれる、きみを。


***

恋はタイミング。
愛はひとりじゃ見られない。
きんキラの清雨×日葵×千昂の終焉でした。

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