「はるき、昨日あかねに何あげたの」

学校に着くなりユズに聞かれ、わたしは昨日の放課後をゆっくりと思い出す。
ふつうに放課後会って、あかねくんが観たいって言ってた映画を観て、そのあとはメシ食って帰ったんだけど…あげたって何?

「あかねくんの誕生日もう過ぎたけど」

10月生まれだよ。ちゃんと洋服をプレゼントしたし、クリスマスはベタだけど手袋をあげた。

「意味わかんねえこと言ってんなよ。心配すんな、彼女としてやるべきことはやってるつもりだからよ」

そんなに信用ねえかなあ。付き合ったこともあるし、うまくやってるとは思うんだけど。喧嘩もないし。

「いや…はるき、今日何日かわかってんの?」

ユズがあきれ顔で言う。何日かなんて把握してねえけど…黒板を見ると2月15日って書いてあるからそう答えた。
目の前で盛大なため息をつかれる。なんなんだよその態度は。わたしなんかしたかよ。

「おーっす。雪降ってきたぜ」
「あ、ちょっとキドっち!なんかユズが失礼な態度とってくんだけど!」

登校してきたキドっちを捕まえてユズをあごで指す。またため息をついてきて、なんか本当にいやな感じ。
キドっちは「どうしたんなよユズ」なんて言いながら、大きめのマフィンを口に含む。

「何そのうまそうなの。わたしにもくれよ」

そう言って強引にマフィンを持つ手を引き寄せると、キドっちは慌ててわたしの顔を手で覆った。

「にゃんで!?」

いつもはくれんのに!食べ物=美島春希だろ。もう一回教えなおすか。
抑えられた口で必死にしゃべろうとしたけどできねえ。こいつらなんなんだよ。

「これはダメだって。昨日バレンタインでもらったんだから」

ああ、彼女ちゃんにか。いいなあ、ふんわりと甘いにおいがする。いいなあ。
…昨日バレンタイン?

「バリェンチャイン!?」
「え、まさかはるき何もあげてないの?昨日デートって言ってなかったっけ」

ちょ…ちょっと…盲点すぎた…。
だから町のお店の中とかピンクピンクしてたのか…?ねえ本当に勘弁してくれよ。

「はにゃせ!」
「ああ、ごめんごめん」

ぱっと手が離れたから大きく息を吸い込む。
キッとユズをにらむと「なんだよ」って。なんだよじゃねえ。

「なんで昨日のうちに言わない!?ふつう今日何あげんのか聞くよな?なんで事後!」
「昨日は興味なかった」
「くっそ!!!気分屋め!!」

やばいよ…どうかしてるよ…。
頭を抱えてうずくまる。
昨日、あかねくんとは久しぶりに会った。受験ベンキョーでいそがしいあかねくんがなんとか空けてくれた日。わたしがねだった。ちょうどよかったのが14日だった。おつかれさまって、かわいくバレンタインチョコを渡すのが彼女の役目ってやつだったんじゃねえの?それなのに…それなのに!

「女がいるのにチョコもらえなかったとかかわいそー」

本当にかわいそうなことをしてしまった。
思い返せば、たしかに帰り際ちょっと変だったようにも思える。「もう帰るの?」って、あかねくんが言ったんだ。さすがにジュケンセイを寒空の下に置いておけねえからバイバイしたけど、引き留められたのって初めてだった。

チョコ…期待してたかなあ…。
最低すぎて泣きそうだ。昨日の自分を引っ叩きたい。
キドっちが持ってるマフィンを見て、本当に泣けてきた。一日過ぎちゃった…しかも次いつ会えんの?わかんねえ…。

「わたし!今日あかねくんところ行ってくる!」
「え、でもあいつ学校の後バイトでその後は勉強だろ」
「邪魔はしない!」
「いや邪魔だろ」

血も涙もねえなユズ…。もう一度にらみつける。
だいじょうぶ、あかねくんは邪魔扱いしたりしない。だいじょうぶ、チョコ渡してすぐ帰る。抱き着いたりしない。

「何を持ってくかが問題だ」

手作りなんてできねえし、チョコ?ケーキ?クッキー?マフィンはうまそうだけど、人と同じってなんかなあ。…そういやあかねくん、学校の人にはもらったのかな…。

「おいゴウスケ!昨日のバレンタイン、彼女ちゃんから何もらった!?」

参考にしよう、と思って教室の一番後ろに座るガタイのいい男に話しかける。年下マネージャー彼女ちゃんとは部活を引退してからも円満らしい。わたしも最近その彼女ちゃんとは仲良くなった。

クラス全員がゴウスケに注目する。そんな中、やつは色黒の肌を真っ赤に染めた。
そして「い、言わねえよ…」とつぶやく。おいゴウスケ、そんな小さい声も出せんのか知らなかったぞ。なんだよその態度。…え???

クラス全員の目がテンになったと思う。

「おいおい…おいまさか…」

あのゴウスケが!?信じらんねえよ!

「うっせえ!あいつのことからかったら許さねえからなおまえら!」

ゴウスケが立ち上がり、照れを隠すように大きな声を出す。
その反応は…もらったのはお菓子じゃない。ゴウスケわかりやす…!

「ばれんたいんまじっくだ…」

年下彼女ちゃん、自分をささげたとはやりおる…。
クラスのやつらの妬みのまなざしを一身に受けるゴウスケを見て、しあわせそうだなあと思った。

「よし…」

腹をくくれ、はるき。おまえならいける。
1日遅れたし、そういえばあかねくんが甘いもの食ってるところも見たことない。うん。思いつくのは、もうわが身しかない。…うん。ゴウスケもあんなに喜んでるし、きっとあかねくんだって、ああなるはず。だってわたしのこと好きなんだろ?だから付き合ってんだろ?

「おいはるき、受験前のやつに変なことすんのやめとけよ」

いつの間にかいたサガミが怪訝そうな顔で言ってきた。
変なことって…わたし変じゃねえからな!?

「受験とか関係ねえよ。バレンタインだぞ、恋人たちの時間だぞ」
「いや本当やめとけって。嫌われんぞ」
「ぬう…」

この案をそんなに却下されるとは…。

「なら、どうしたらいいんだよ」

実はバレンタインの時期に彼氏がいたことがない。しかも、実は今まであげたことない。
だからわかんねえよ。あかねくん、何したら喜んでくれんの?

「じゃあごはんでも作ってやれば?」

イワちゃんが明るい声で言う。女神かと思った。今わたしに唯一優しいやつだ。

「名案!」とイワちゃんの手を取る。
甘いもんのイメージはないけど、メシなら。わたしもちょっとくらい作れるし。お菓子は無理だけど。

よおし、そうと決まれば買い物して、あかねくん家に行こう。バイトで遅いんだろうけど玄関前で待ってればそのうち帰ってくんだろ。

「けっきょく家に行くとか…あかねかわいそう」
「さっきからなんなんだよサガミ…テンション下がるからなんも言うな!」
「はあ」

ユズ、キドっち、サガミのため息がかぶる。
なんなんだよ、そんなに、そんなにバレンタイン忘れたことが悪いのかよ…悪いとは自分でも思ってるけどさ。

「だからってなんで俺まで手伝わないとならないんだよ」

スーパーのカゴを持ちながらぶつくさ言うホッシーの方を組む。

「ごめんなあ、どうしても足持ってるやつが必要でさあ」
「何食作る気だよ」
「作り置きできるようにって思ってさ。いい彼女だろ?」
「バレンタイン忘れた彼女…」

ぼそっと言われて、組んだ腕をそのまま首にまわして締め上げた。
わかってんんだよ…だからこうして名誉挽回しようとしてんだろ…!
男はいいよな、こんなめんどくせえ行事ものんきに受け身とってればいいんだからさ。

「どうせホッシーたちはもらえなかったんじゃねえの」
「あ、俺1個だけどほしかったやつからもらえたよ」
「…え!あのバイト先の!?やったじゃねえかよ!」
「まだ彼女じゃねえけど、時間の問題だな」

なんてっこった。春が来てる。自分のことみたいにうれしい状況に飛び跳ねていると、スーパーではしゃぐなって怒られた。気にしないよ。
自分じゃ持ちきれないくらい買って、ホッシーにも持たせてあかねくんの家についた。

「ありがとー。今度にぎりメシおごるわ」
「味噌汁付きな。じゃ、がんばれよ」
「おう」
「あんまあかねのこと困らせんなよー」

なんて言いながらバイクで帰ってった。困らせねえよ。さすがにちゃんと作れるやつだけ作る予定だ。

あかねくんが一人暮らししてる家は、言っちゃ悪いけどオンボロだ。ミシミシいう階段をおそるおそる上る。

受験はせずに、就職先ももう決まってるわたしは、ぶっちゃけあかねくんの大変さとかサンブンノイチも理解できてないんだと思う。でも、並々ならぬ努力をしてることくらいわかる。

一人暮らしに慣れるまではよく風邪ひいたりしてたけど、最近は体調もいいみたいだ。塾はやめて自己流でベンキョーしてるみたいだけど、順位は落っこちてないんだって。むしろ点数良くなってるんだって。すげえよな。かっこいい。

今日はバイトの日だって知ってるけど、念の為インターホンを鳴らす。
まあいないか、と思ってドアの前に座り込もうとしたら、ドンと背中に堅いものが当たった。


「いてっ」
「あ、ごめん」
「…え、あかねくん?なんでいるの、バイトは?」
「…ユズから連絡きたからダメもとで店長に頼んだら休んでいいって言われた」

なぬう…ユズにもにぎりメシ味噌汁付きおごらなきゃならなくなっちゃったよ。いいやつかよ。ため息つかれたことは水に流してやろう。

「ご、ごめん」
「なんであやまんの。会えてうれしいけど」

胸に、ほわっとあたたかい感情が溢れる。うれしいって。何もしてない。ただ会いにきただけで言ってくれる人。

「あかねくんはベンキョーしててね。わたしは邪魔しないように作ってるから」
「狭いけど平気?」
「へーきへーき。集中してやってて!絶対こっち来んなよっ」
「ふっ、わかった」

バイト、休ませちゃってよかったのかなあ。
なんて思いながらも、ちょっと気分はいい。あいつらと違ってあかねくんは優しい態度だった。

献立はチーズハンバーグと、ママ直伝のギョーザと、レバニラ炒めと、たまごやきと、チョレギサラダにしようと思う。まずレバニラからやって、たまごやきして、ギョーザ準備して、ハンバーグして、同時に焼けばいいな。うん。焼いてるうちにサラダを作って…って思ったけど、コンロが一つしかない。そりゃそうだ。ばか。

「あ、あかねくーん…」

早速話しかけてしまった。邪魔しないって言葉はうそじゃない、本当なんだ…。

「ん?」
「あの、ギョーザとハンバーグどっちが食べたいですか」

泣く泣く一食断念!でもどっちにしろ作り置きしておこう。

「ハンバーグかな」
「わかった!じゃあ、集中してやってて!」
「はは、うん」

よしよし、もう話しかけない。
レバーは健康にいいんだ。きっと。ニラはくさくなるけどうまいから気にしない。
味見をするとまあまあの出来。この調子だ。

そんなに慣れてないから決して手際がいいとは言えないけど、しょうがないしょうがない。うまければいいんだ。

ハンバーグの準備に取り掛かる。たまねぎが敵だ…ひいひいと泣きながら切ってると「大丈夫?やろうか」とあかねくんが覗いてきてびっくりした。

「な、座っててって…!」
「おれたまねぎ平気なんだよね。だからたまねぎだけおれがやるよ」
「う…」

迷ってるうちに包丁を取られてしまった。トントントンって気持ちのいい音。すっげえ上手で女子の立場がなくなる。
よし、わたしは肉をこねよう。うん。挽回しよう。

「見て!国産牛の肉にした!」
「おれ久しぶりに肉食べる…」
「えええ!?そっか、外食もやめてたしね。節約してるんだね…」
「まあ、あとちょっとなー」

あかねくんが、志望校に受かればいい。それで早く、あかねくんの家族も認めてくれたらいい。
お兄さんとお姉さんが今はちょっと支援してくれてるみたいだけど。あかねくんのことだ。けっこう強情で意地っ張りだからあんまり手を借りずにいるんだろうね。

「今日は、いっぱい食べてね」

これくらいしかできないことがもどかしい。わたしが頭良くっても、なにしても、受験は代わりにできいねえからなあ…。バイトも、代わりに稼ぐよ、なんて言った日にはあかねくんは怒るにちがいない。だからそういうことはしない。

「…ねえあかねくん」
「ん?」

たまねぎを炒め始めた横で、お肉の上にたまごを割る。目がまだひりひりする。

「ごめんね、バレンタイン…昨日だったのにさ。忘れてたよ」
「実はおれも忘れてたよ」

うそだ、と思った。なんとなくわかる。それにあかねくんがバレンタインもらわないわけないもん。でもこれは優しいうそだから、騙されたふりをしよう。甘えさせてもらいます。

「今日、邪魔じゃなかった?」
「うん。むしろなんかいい、こういう感じ」
「けっこんしたみたいだよね!」
「ぶはっ」
「あかねくんのためにメシ作ってさ、一緒の家にいてさ。今はあかねくんがいそがしいけど、そのうちゆっくりふたりで過ごしてさ。…いいなあ」

そういう未来がいつか来たらいいなあ。

「じゃ、とりあえず絶対受かるよ」
「自信満々なくせに」
「でも受験は何が起こるかわかんないからさ」

サンブンノイチも理解できないけど、きっとわたしが一番応援しているよ。


「はるき」


名前を呼ばれて隣を見ると、あかねくんのくちびるがわたしのそれを塞いだ。

すぐに離れてった顔は、たのしそうに笑ってて、なにも言えなくなる。
こういうのはレアなのに…ふいうちだと覚えてられないじゃんか…。

「こういうこともできるし、バレンタインっていーな。初めて思った」

こ、こういうことって…!やっぱり受験終わるまでがまんしてるんだ…!?サガミの言ってたことようやく理解。

「1日遅れだけど…」
「まあ、これからもバレンタインはたくさんめぐってくるんだしよくね?」

ユズたちに明日いってやろう。あかねくんは全然気にしてなかったよって。かわいそう、とか…ばーかばーかあかねくんはおまえらみたいに心が狭い人間じゃないんだっ。

出来上がった料理をおいしいって食べてもらった。

そのあとは、ちょっとだけベンキョーを休憩したあかねくんと手をつないでテレビを見た。ちょっとキスした。だけどそのあと追い出すように帰らされて、洗い物ができなかったことが残念。

邪魔しちゃったかもしれないけど、あかねくんがいいって言ってくれたからいいや。
なんて、軽い考えかな。


「バレンタインって、いいな」

あかねくんと同じことを、空に向かって行ってみた。星がきらきらしてる。

久しぶりにあかねくんとゆっくりした時間を過ごせた。どきどきした。なんて、こういうのはユズたちには言えねえなはずかしくて。


なんて思いつつ、次の日にぎりメシ屋で散々質問されておごらされた。

なんだかんだ、こいつらといるのが一番楽しかったりする。あかねくん、ごめんな。来年のバレンタインはきっと忘れないから、ゆるして。
あかねくんが一番大好きだから、ゆるして。

2月15日のチョコレートタイム
(と、次の日の愉快な仲間たち)




『それでも、精いっぱい恋をした。』の登場人物たちでした。
たぶんわたしただ工業メンツたちとはるきを書きたかっただけだった…
あかねくんはおまけです(笑)
甘々でも胸キュンもなにもない話しですみませんでした(´;ω;`)
これからもこんな感じで彼らは過ごしていくのでしょう。

バレンタインはいいですよね、女子の気持ちを後押ししてくれる日。
みなさまも素敵なバレンタインデイをお過ごしください。
ハッピーバレンタイン!


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