12月31日、23時20分。
一緒に年を越して初詣に行こう、と待ち合わせをしてたけど時間を20分過ぎても来ないから家の前まで来てちはる先輩に電話をかけた。いつもなら待つけど、メッセージがないから、今日はなんとなく。

長い機械音の後、留守番ではないところへと繋がった。

「ちはる先輩?」
≪…んー≫

言葉になっていない、まろやかな声。
浮かんでくるのは白くて甘いマシュマロ。

「寝てる?」
≪……≫

返事はない。完全に寝てるみたいだ。電話も切れてしまった。
昨日までちはる先輩は引退しても部活で忙しくしてたし、推薦入学で大学が決まっていても勉強を頑張っていて、今日も遅くまでやってたんだと思う。最高学年ってだけで面倒くさそう。

って、おれはなんとなく客観視してしまうから、なるべく邪魔だけはしないようにしてる。
だから、けっこー久しぶりにふたりで出かけるから、楽しみにしてたけど。…ま、仕方ないよな。

そう思って踵を返したところで携帯がバイブした。ちはる先輩かと思って確認すると、待っていた人ではなくそのお母さんである美晴さんからの着信だった。

「もしもし、こんばんは」
≪永遠くん?こんばんは。千晴のこと待ってるよね?ごめんなさい、あの子ぐっすり寝ちゃってて…今起こすわね≫
「あ、いいですよ起こさなくて!疲れてるの、わかってるんで。寝かしてあげてください」
≪あら、ごめんね。永遠くんは今神社かしら?≫
「えっと…」

一瞬、本当のことを言うか迷った。気を遣わせてしまうのは嫌だった。
だけど、ガチャリと。ちはる先輩の家のドアが突然開いて携帯を耳に当てたままの美晴さんとばっちりと目が合ってしまった。

「永遠くん!やっぱり、あなたのことだから心配して家の近くまで来てくれてるんじゃないかと思ったのよ…!」

勘良すぎるだろ、美晴さん。

「はは、でも無事なら良かったです。おやすみなさい」
「待って、良かったら上がっていかない?あの子も楽しみにしてたからすぐ起きると思うし」
「いや、ぐっすりなんじゃ…」
「いいからいいから。親バカなこと言うけど、あの子の寝顔可愛いのよ」
「…知ってます」
「ふふ。見たくない?」
「……見たい、です」

最近、学校でしか会ってないし。
正直すげえちはる先輩不足。
って、気づけば本音がぽろっと出ていて、いつの間にかちはる先輩の部屋に入っていた。付き合ってからだいぶ経つけど実は初めて入った。

ぐるりと見渡すと、白を基調とした部屋で、カーテンの隙間から月明かりが入り込んでいた。その明かりが、ベッドに倒れ込むように寝ているちはる先輩の寝顔を照らす。

「……っ」

こ、れは。
帰った方がいいかもしれない。

ちはる先輩は疲れてる、とか、下には美晴さんがいる、とか、自分の頭に言い聞かせる。
でも気持ちは素直に「もっと見たい」と「触りたい」と頭に流れ込んで思考の邪魔をする。
もう一度ちはる先輩を見ると、起きる気配もなくすやすやと眠っていた。

「…ちはる」

呼びかけても反応はない。
美晴さんも人が悪い。自分の子供がどうなってもいいのかよ。

「千晴」

いつもは呼び捨てにすると顔を真っ赤にして照れて、それを隠すように怒り口調になるんだけど、今はそれがない。
代わりに寝返りをうちながら「んん、」って。なんなんだよこれ。久しぶりの時間がこれって。…本当無理。

思わずちはる先輩の頬に指をかすめ、慌てて手を引っ込める。
おれ、本当に、ちはる先輩の邪魔だけはしたくないんだよ。約束なんてまたすれば良くて。だってちはる先輩の大事にしたいものはいつも“今”にしかないから。

だけど離した瞬間、ちはる先輩のくちびるが微かに「とわくん」と動いたのがわかった。その声はおれの名前を小さくなぞって、閉じる。


「…今のは、千晴がわるい」

起こさないよう、そっと片手の指先を絡め、もう片方の手でさらりと髪を撫でる。
それからさっき触りたかった頬に触れると、甘い匂いがした。ちはる先輩の匂い。どんなスイーツよりも、甘いきみ。
白い肌に落ちる長い睫毛の影を覗く。

「本当、寝顔かわいすぎ…」

我慢なんてできねえよ。たぶんわかっていて、部屋に入った。邪魔したくない。だけど、もう限界。

そっとくちびるを奪い、呼吸を盗む。

満たされる感覚がして、次第に深くなってしまう。

「ふ、と…っ」

くるしそうな声がしたから少しだけ離れると、ちはる先輩はまぶたを瞬かせながら「なんで」と呟いた。

「ちはる先輩不足」
「え、待っ……」
何が起きてるかわからない、という戸惑いの目で見てキスを止めてくるから
「待たない」
と囁いて、もう一度くちびるを重ねた。

起こしてしまったことへの罪悪感と、もっと触れたいという欲が混ざり合う。それが溶けてちはる先輩に流れ込んだのか、その腕がおれの首に回る。この先にあるさらなる甘さを一度知ってしまっているからこそ、手を止められるか不安になった。

結果、「はつもうで、着物用意してる」というちはる先輩の言葉は肩までいったキスを止めるには充分すぎたんだけど。すげー着物姿見たいし。

「ご、ごめんね、寝ちゃって…」
「いーよ」
「嘘。いいって顔してないよ。あのね、永遠くん。いつも合わせてくれてありがとう」
「え…なんで泣いてんの」
「会いたかった…っごめん、うれしい」

意志の強いきらきらした瞳は、ぽろりと雫をこぼした。久しぶりに見た、泣き顔。

「部活、減らそうかなあ」
「なんで…」
「もっと会いたいし、時間が欲しい。今日だって楽しみにしてたのに寝ちゃって…今から着物に着替えたら年越しちゃうでしょう…」
「そうだけど。いいじゃん」
「永遠くんは平気なの?」

平気じゃない。平気なわけない。
なんなら1個の学年違いでさえ、たまに苛々するようになった。冷静になれないことが増えた。ちはる先輩のこと。
別ものだけど同じように夢があったおれたちだけど、ちはる先輩の方がずいぶん先に努力をしていて、それが着々と実っている。大学だって、何人もオリンピック選手を出してる場所だ。きっと進学したらもっと忙しくなる。焦るし、憧れるし、うらやましいし、手を伸ばして引き留めて抱きしめていたくもなる。

でもさ、それでも。そうしたくないんだよ。

「平気だよ、千晴のこと一番応援してたいから。だからおれから会いに行くよ」
「…」

納得いかない、というような表情で見上げてくるから、ちゅ、と短いキスをした。

「この空気でふつうする…!?」
「千晴の寝顔見れたの良かったし、寝込み襲うのもいいし、これからもたくさん練習して疲れなよ」
「疲れなよって…あはは、永遠くんっておかしー」
「笑った。寝顔より好き」

だけど一番好きな姿は、ゴールテープに向かって真っ直ぐ走る姿。
約束なんてまたすればいい。

「ちょっと疲れてたけど、永遠くんの顔見たら元気になった」
「千晴はおれの顔じゃなくておれとのキスが効くんじゃねーの」
「な、ちがうよばか!だいたいさっきから呼び捨てにしすぎだよっ」
「あ。ねー、年明けた」
「は!本当だ…永遠くんあけましておめでとう」
「今年もよろしく、千晴」

ちはる先輩と出会って一年のはじまりを迎えたのは2回目。
これからもたぶん、ずっと。
嫌がられても離す気ないから。

「あ!また呼んだ…!」
「いいから着替えてよ。早く見たい」

できればこれからも、呼び捨てに慣れない赤い顔を見せて。


A happy new year 2017
from...Yubisakino blue



2016年もお世話になりました。2017年もよろしくお願いします!

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