大人になったらさ、なんて。
( 手紙が届きました )



桜川 結実へ

桜川 結実さま、お元気ですか。
ぼくは元気です。字は頼りないかもしれませんが、ここ最近かなり体調が良いです。だから元気です。
今何歳だっけ、何月だっけ、誕生日はまだだっけ、とふと考えることがあります。25歳までまだあと5年もありますね。

なあ結実。他に好きなやつとかできてねえよな?
告白されたら「将来を約束した人がいます」って答えろよな。絶対だぞ。
なんて。5年も連絡しなかった男が何言ってんだって感じだよな。俺もそう思うよ。けっこう今書きながら笑ってます。だからここ結実も笑うところだからな。

結実は進学して大学生になったと風のうわさで聞きました。本当にそうだったらいつかキャンパスライフの話を聞かせてください。俺は今、高校受験をしようかと思っています。中学を卒業してから今まで5年間、実を言うと、ずっと病院で過ごしてました。外出できたのは最初の2年とつい最近くらいかな。最近に日本に戻ってきましたがここ1年半はアメリカで治療をしていました。

アメリカに行く前、生死を彷徨いました。還ってこられたことが奇跡だと医者には言われた。

三途の川なんてなくってさ。死んだじいちゃんの姿もなくって心細くて諦めようとしたんだけど。

でもさ、すげえの。結実が中学の時に言ってた【未来の理想の話】が現実になる夢、見たんだ。ちょっと大人になった結実が化粧してパンツスーツ着てヒール履いて仕事に向かっていく姿とか、料理教室でハンバーグ焦がしてるのとか、ヨガで超笑えるポーズとってんのとかさ、見えんの。とうとう死んだかなって思った。死んで幽霊になって結実のこと見守ってんのかなとか。でも違ってさ。街が騒がしい金曜日の夜に、街の外れにあるBARで、大人になった俺と結実が酒飲んでんのも見えて。あ、たぶん俺のはアルコールじゃないけどさ。結実はちょっと頬を染めておれにもたれかかってきて、俺もまんざらじゃないって顔で。何杯か飲んだ後は、結実の言うことを聞いて、俺ん家なのかな。よくわかんないけど、アパートに行ってさ、あの日の続きをするんだ。…あ、そんな鮮明に見えたわけじゃねえからな。

でも、たぶん、すげえ幸せそうだった。ふたりともだよ。俺は、自分と一緒に産まれたこの病気が治る夢を、生死を彷徨いながら見たんだ。

きっと結実との約束に救われたんだと思う。

だからさ、約束した日は「約束できない」なんて言ったけど、それ取り消すよ。
約束するよ。結実がたとえいやだって言っても、あの夢を結実の未来にする。だからあと5年、待ってて。少し早まったり遅くなったりしたらごめんけど…頼むから、俺のこと、まだ好きでいてほしい。

って言っても、俺さあ、この5年で2人くらい人好きになったことあってさ(笑)あ、今泣きながら怒っただろ。泣くなよ、ごめんって。中学卒業して本格的に東京で入院を始めたころ、同い年の女の子に出会ってさ。いろいろあって仲良くなったり。アメリカに行く前に出会った看護師さんはけっこう俺の為に駆けずり回ってくれて憧れちゃったりさ。人生何があるかわかないよなー。

あ、にらむなって。でもふとした時に気づくんだ。「あ、なんか結実と似てる」「結実もそう言いそうだ」とか。気づいたら、そこにいない結実を必死に探してた。

俺はけっきょく、結実との思い出ばっかなぞってこの5年生きてたよ。
物騒なニュースに本気でこわがって隣のクラスの俺にまで聞こえるくらいでっかい声で叫んでたこと。(ついでにクラスメイトと話してたホラー映画の話でもそうなってた)
結実が溺れて思わず飛び込んだとき、学校のプールの温度と、人の体温をはじめって知ったこと。
教室に入ってきた蚊も殺せないくらいこわがりな結実を「いいな」って思ったこと。
結実が俺と同じ委員に入ってたとき「あーこれは好きになるわ」ってあきらめにも似たような気持ちになったこと。

にわとりにビビる声も、ミーシャとウサコを撫でるとき同じようなうさぎ顔になるのも、魚がうまく泳げることを羨ましそうに見てるきらきらした目も、共食いにこわがる顔も、寒がりなとこも、さらさらした髪の感触も、キスするとき背伸びがうまくできなくて俺の腕掴んでくるところも、離れるとき泣きそうになるところも、全部憶えてるよ。早く会って、記憶じゃなくて今起きてることにしたい。

なあ、ちゃんと、希望になってるよ。
ありがとうな。ネバーランドを願ってた子供の頃が嘘みたいに、大人になりたい。早くなりたい。待ってて。あと5年で、必ずまた会いにいくから。

手紙、届きましたか。
今日は成人式だったかなと思います。
返事にはぜひ振袖の写真を入れてください。
俺はそうだなあ、袴もスーツも残念ながら着れなかったから、代わりにあるものを同封します。ブナンですが。この前外出した時に買いました。俺ももう絶対目移りなんてしないからさ、だから男除けにしてください。

ではまた、すぐにでも。



p.s.

ドナーが見つかりました。また2ヶ月後にアメリカに行ってきます。奇跡は起きるんだな。結実と出会ったこと、生死を彷徨った時に生還できたこと、そして今回のこと…奇跡を何度か見ました。
小学生の時、まだしっかりとした字が書けた頃に書いたあの習字に込めた願いは叶ってます。
結実が死ぬの時一番傍で見守れるくらい強い心臓を手に入れたいと思います。
じゃあ、この手紙がどうか、結実の希望になりますように。

小旗 桜助より





小旗 桜助くんへ

小旗くん、お元気そうでなによりです。だいじょーぶ、字はね、わたしよりもうまいです。さすが習字をやっていただけありますね。5年ぶりですね。わたしは今が5年間で一番元気かもしれません。先に言っておきますね。わたし、今でもずっときみのことが大好きです。

中学を卒業した後、地元でも可もなく不可もない高校へと通い始めました。プールの授業がない学校にしました。だからわたしの中でも、プールはあの中学で、小旗くんが助けてくれたことが一番の思い出だよ。

高校での委員会は、音楽委員、放送委員、アルバム委員だったかな。あまり覚えてないけど、3年生でやったアルバム委員は楽しかったよ。卒業アルバムの写真はほぼわたしが決めさせてもらったんだ。

わたしはとにかく、小旗くんをなるべく思い出さないようにその頃はとても必死だったんだ。大事にしたくて、自分の中から外に出したくなくて、他の新しい出来事に上書きもされたくなかったから。

でも、やっぱり、ふとした時に小旗くんのことを考えてた。くるしくて、甘い、ふたりの時間を何度も何度もなぞって過ごした。恋をしてる感覚が、そこにはあったよ。恋い焦がれてどうしようもなくなるような、甘い痛みが胸を刺すの。…なんて言い方を小旗くんにしたら「でた、結実のそういう考え方」なんて言われそうだなあ。

そういえば小旗くんは、中学を卒業してからの5年間で他に2人の人に惹かれたって言ってますね。隠さないのはいいけど…ふざけんなばかやろう、何がわたしに似てる人だ、ひどい男だな。わたしはその女の人たちに同情しそうですよ。ぜんぜん怒ってないし泣いてもないんだからね…!

なんて。正直に白状すると、わたしも一度だけ、揺らいだことがあります。
どうしようもなく淋しいと思ったことがありました。高校生の時、周りの子がどんどん好きな人と幸せになっていって、そういう姿を見てると羨ましくなっちゃって。小旗くんはわたしのこと忘れてるかもしれない、なんて被害妄想までして、自分ひとりで勝手に淋しくなってる時、ちょっと華がある男の子と出会いました。

そういう人に限ってわたしの孤独を見抜いてくるから嫌になっちゃうよね。でも、思えばその人も、どこか小旗くんに似ていたような気がします。わたしもきみとおんなじです。(でも1人だけなんだから!)

まあ、きみがわたしの元に帰ってきてくれるなら、つべこべ言わないように努力しますね。

生死を彷徨った、という話は聞き捨てならない…!傍にいられなかったことがちょっと悲しい。そして、生きててくれて、本当にうれしい。

わたしたちの夢を見たなんて、ちょっとかわいい夢旅だったんだね。わたしの想像(妄想って言わないでね)は小旗くんの夢になって、その夢がいつか正夢になればいいなあ。正夢にしてね。BARに行きたいの、いい感じのところ。居酒屋でもいいけど…ちなみにわたしは、お酒が強いみたいです。だから小旗くんに寄りかかったわたしは、きっと計算ですよ。

小旗くんが思い出すわたしは、なんだか恥ずかしいね。背伸びは、小旗くんが意外と背が高いからそのせいだよ。腕を掴んでるなんて知らなかったから完全に無意識です。かわいいでしょう?

わたしは、小旗くんが飼育委員になると思って飼育委員にしたんだよ。何かを育てること、命を見ること、小旗くんは好きでしょう。だからわたしも好きになりたかった。にわとりも共食い魚もお察しの通り不気味でこわかったけど、わたしができないことはきみがやってくれたよね。にわとりのえさやり、きみがいないときは本当にきつかったよ…。あの時だけはちょっと小旗くんを恨みました。

あ、そうそうすごいんだよ!ミーシャとウサコの赤ちゃんが産まれたんだよ。たしか3年前だったかなあ。ミーシャとウサコは残念ながら…しんでしまったんだけど(泣きまくったよ)代わりに二匹によく似た白黒マーブルの子供たち(今は大きい)がいるんだよ。繁殖のすごさを目の当たりにしました。ねえ小旗くん知ってた?ウサコ、オスだったの。わたしは知りませんでした。とにかくめでたい。赤んぼうを産んだばかりの二匹の写真も入れておくね。後ろのほうににわとりもいます。

アメリカって広いけど都市はどこなんだろう。わたし、海外はハワイしか行ったことないです。ハワイもアメリカかあ。じゃあ1年前に行ったから、一緒に日本じゃない国にいた日があるってことだね。

ドナーが見つかったことが奇跡だってことくらいわたしも解っているつもり。きみは心臓をくれる人の分まで、生きないとだね。でもわたし、小旗くんに看取られるのはちょっと嫌だなあ。長く生きた夫に先立たれたおばあちゃんになって、老人会で独り身を満喫したいです。だってわたし、小旗くんに次会ったらすぐにでも結婚したいもん。そうなると独り身ライフはあまり満喫できなそうだし。

あ、いけないいけない、理想の未来がどんどん膨れていくよ。ポケットの中が溢れそう。でもわたしたちの未来ってきっと無限大だから溢れることはないんだろうね。最近は、大学で、小旗くんの話をよくします。未来も思い出も自分のものだから大事にしていれば上書きされることも迷子になることもないと思って。

みんな「紹介してね」「結婚式は呼んでね」なんて言ってくれるんだよ。付き合い良い友達がいて幸せです。あとはきみだけ。
そうそう、成人式でした。振袖は、黒地に桜と鶴となんだかよくわからない柄が入ったものにしました。おじいちゃんとおばあちゃんが買ってくれた、ちゃんと刺繍が施されたお高い着物なの。結婚式にも着たいと思ってるから、小旗くんはその時に袴を着られるよ。タキシードより似合いそうだなあ。早く見たいなあ。

では、またすぐにでも。
元気な姿を待ってるからね。大好き。


桜川 結実より






返事は届いた日に書いた。小旗くんは3通分だったけど、わたしはまとまらなさすぎて倍の6通にも渡ってしまった。きっと彼は届いた分厚い封筒を見て「わかってたよ」って顔で笑うんだろうなあ。チガウの、便箋の大きさがねわたしのほうが小さかったからなんだよ…!

高校に入学したとき。
ミーシャとウサコの赤ちゃんが産まれたとき。
卒業アルバムを作ってるとき。
成人式。中学の同窓会。
風邪をひいたとき。眠る前。朝起きたとき。「オハヨウ」のトーンを思い出したとき。
惹かれそうな人に出会っちゃったとき。

小旗くんが傍にいてくれたらよかったのにと、思うことが何度もあった。毎日思ってた。ふとした瞬間に頭に浮かぶきみの姿。きみの声。忘れないようにって思ってたのかもしれないってくらい、つどつど思い出していた。

これからもそうなんだろう。
あと5年。長いなあ。でも、悔いのないように、恥ずかしくないように、わたしも生きていくから。

着物姿は送らなかった。代わりに5年分のプリクラとか、同窓会の写真を入れておいた。
要望の着物写真を送らない真意は伝わってくれるだろう。大人になれたら見れる日がくるよ、なんてね。絶対なってね、大人に。

“すぐにでも”
そう約束してくれることが、何よりの便り。


「手術、成功しますように」


20歳。約束まで半分。
貰ったネックレスを付けながら最初の願い。

これから先も、きみへの愛に生きる。



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「きみは大人にならないらしい。」から5年後のふたりでした。5年ぶりに連絡をとったふたり。電話でもいいかなって思ったけど、なんとなく小旗くんの部屋に飾られた習字が浮かんで手紙になりました。
あと5年かあ。ハタチを過ぎた途端に1年が早く思えてくるんだけど、ふたりにとっては長いんだろうなあ。切ないね。ふたりが無事にまた会えますように。小旗くんの袴姿、わたしも見たいよ。

ちなみに小旗くんが出る中編が一本非公開にあります。いつか書きたいなあと思ってます。その時はどうかよろしくお願いします。(抜かりない)

長いしページ切り替えなくて読みにくかったのではないでしょうか…。読んでくださりありがとうございました!


2016.11.02 KIMORI
みなさまに幸あれ(*^◯^*)


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