A requiem to give to you
- 水の都と金糸の皇帝(1/7) -



「よう、お前達か。俺のジェイドを連れ回して返しちゃくれなかったのは」



封印術なんて喰らいやがって、使えない奴で困っただろう。

金糸の髪を揺らし、快活に笑いながらそう告げられた言葉に場の空気が凍った……気がしなくもない。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







背後に流れる膨大な人工的な滝。青を中心とした涼やかな印象を受ける謁見場。そこはまさしく海底のようで、海の王国だった。

その場にいるマルクトの大臣、兵士たちもまた青の軍服に身を包み、それを助長しているように思える。



そんな中、妙な発言と共に仲間達の勢いを一気に沈静化したこの男は、この国の皇帝であるピオニー・ウパラ・マルクトである。

しかしこの国の者達にとって彼のこのような発言や態度は日常茶飯事であったらしく、周りは顔色一つ変えていない。そして仲間の一人であるジェイドは、一つ咳払いすると「陛下」と咎めるような声色で言った。



「客人を戸惑わせてどうされますか」

「ハハッ、違いねぇ。アホな話はここまでにするか」



そう言ってピオニーは軽薄そうな雰囲気の形を顰め、そこに現れたのは皇帝としての威厳ある顔だった。



(伊達に若くして皇帝を名乗ってねェって訳か………導師もこう言うところを見習えば少しは違うのかねェ)



と、アニスが聞きでもしたらまた怒られそうな事を考えながらもグレイはルークやジェイド、ナタリアが謝罪やら説明やらをしている様子を見守る。

一通り話を聞き終えると、ピオニーは「ふむ」と声を上げると難しい顔をして告げた。



「実際のところ、既にセントビナー周辺は地盤沈下を起こしていると報告を受けている」

「では、急いで住民の避難をしなくては!」



告げられた事実にナタリアが意見を述べる。しかしピオニーの反応はどことなく鈍かった。



「そうしてやりたいのは山々なんだが、議会では渋る声が多くてな」

「何故ですの? 自国の民が苦しんでおられるのに」



信じられないと言いたげにナタリアが疑問を口にすると、ふとピオニーとは違う声が聞こえてきた。



「どの口で……」



本人は聞こえないように呟いたつもりなのあろうが、その声はしっかりとナタリア達、そしてピオニーにも入っており、直ぐ様皇帝の叱責が飛ぶ。



「ノルドハイム」



ノルドハイムと呼ばれた軍人はその声に素直にナタリアに向かって頭を下げた。



「失礼いたしました。……しかしですが、ナタリア姫。先日、キムラスカ・ランバルディア王国から声明があったのです。王女ナタリアと第三王位継承者ルークを亡き者にせんと、アクゼリュスごと消滅を謀ったマルクトに対し、遺憾の意を表し、強く抗議する。そして……ローレライとユリアの名の下、直ちに制裁を加えるであろう、と」



それは、事実上のキムラスカからの宣戦布告だった。



(ま、布告理由は想像通りってこったな)



他の者達もある程度予想出来ていたのもあり驚きこそはしなかったが、それでも当事者として、そして真実を知る者としてあからさまに仕組まれたそれに悔しさを隠し切れない。

ナタリアはそれでも臆する事なく言った。



「父は誤解しているのですわ!」

「それは果たしてそうだろうか」



ノルドハイムは首を振った。



「我らはキムラスカが戦争の口実にアクゼリュスを消滅させたと考えている」

「我が国はそのような卑劣な真似は致しません!」

「そうだぜ!」



ナタリアの言葉に同意するようにルークも叫ぶ。しかし……



(残念だけど、割とそれ事実だったりするンだよなぁ……)



いずれは知る事だろうし、下手なタイミングで言っても言い合いになるだけなのでグレイからは聞かれるまでは特に言うつもりはない。しかし、やはり知っている事が多い分罪悪感こそないが、事実を話せないもどかしさはある。



(超、言いてェー……)



言うだけならタダ。しかしその代償はかなり高くつく面倒臭さを考えれば、自然と口は閉ざされてしまう。

そんな事を考えていると、ふと視線を感じ、目立たないようにさりげなくそちらを向くと、レジウィーダがこちらを見ていた。

その表情は……何と言うか、言葉にするなら「また碌なこと考えてねーなこの野郎」と言ったところか。失礼だなと思いつつも今それを返せば完全にこの空気をぶち壊しかねないので、ここは自分が大人になろう。

そう一人頷いていると今度は隣にいたタリスが足を踏んできた。思わずそちらを向くと、「変な事しているんじゃないわよ」と言いたげに久々の黒い笑顔を浮かべていた。



(理不尽だ)



まだ何もしねーし、と不貞腐れている間に話はある程度まとまったらしい。



「セントビナーの救出は私の部隊とルーク達で行い、北上してくるキムラスカ軍は、ノルドハイム将軍が牽制なさるのがよろしいかと」



ジェイドがそう意見を述べると、ピオニーがゼーゼマンと呼んだ軍人が長い髭を撫でながら咳払いをした。



「小生意気を言いよって………まぁ、良かろう。その方向で議会に働きかけて置きましょうかな」

「恩に着るぜ、じーさん」

「じゃあ、セントビナーを見殺しには……」



ルークの期待するような言葉に、ピオニーは玉座から立ち上がると力強く頷いた。



「無論、しないさ……とは言え、助けに行くのは貴公らだがな」

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