A requiem to give to you
- 近付く雪解け(1/8) -



欲がない人なんていない。人は誰しも何かを求め、願う生き物だ。特に自分にない力だとか、境遇とか、あるいは物理的な物だったり………そんなモノばかり欲しがってしまう。

願いを叶えたい。その気持ちが強ければ強いほど、手に入れる為に必死になる。その気持ちに年とか性別なんて関係ない。子供は勿論、大人だって、幾つになっても夢は見る。

だからこそ、夢を諦めるのは………決して簡単な事じゃない。夢に向かう気持ちが強いほど、諦めるには倍以上の覚悟が必要なんだと思う。



でもね、その人にとっての本当に大切なモノって言うは、案外手に届くところにあったりする物なんだよ。

だから偶には、休憩がてらに一度後ろを振り返ってみると良いさ。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「ところでタリスさんや」



病院への道中、ふとレジウィーダは隣りを歩くタリスに向けて声をかけた。呼ばれた本人と言えば、いつもの変わらぬ態度で「なあに」と返している。そんな彼女にレジウィーダもまた、いたっていつも通りの調子を崩さずに更に言った。



「そのおぬい(※ぬいぐるみ)は?」



そう言って指差した先はタリスが抱える縫いぐるみ。いつしかトゥナロの憑依先にしようとした何とも言えないデザインのアレだった。

地球からこの世界に戻ってきた時にはまだ仕舞われていた筈のそれは、ケテルブルクに到着した時には既に彼女の腕の中に収まっていたのだが、それだけならば特に何も思わないだろう。しかし持ち主はタリスだ。彼女に人形遊びの趣味はないのだから、考えられるのは一つだけなのだ。そう思い、再度問いかける。



「その人はどちら様で?」

「そう言えば、私も知らないわ」

「「いや何でだよ」」



レジウィーダと、少し後ろから話を聞いていたフィリアムのツッコミが被る。フィリアムの隣りを歩いていたシンクは呆れたように溜め息を吐いた。



「知らないって何さ。アンタが連れてきたんでしょ?」

「そうなんだけどねぇ」

『………あの』



そんな時、四人の耳に小さな声が聞こえてきた。それは間違いなく件の縫いぐるみからで、一同の視線はそちらへと集まる。すると縫いぐるみは些か申し訳なさそうに話を続けた。



『自己紹介が遅れてごめんなさい。私は………メルビン。元々はこの近辺に住んでいた譜術士です』



落ち着いた、優しい女性の声。メルビンと名乗った彼女にレジウィーダは首を傾げた。



「そのメルビンさんが、どうしてタリスと契約してるんだ?」

『何だか困っているようだったから、何か手伝えたらと思って……。こんな状態だから聞こえるかはわからなかったのだけれど、声をかけさせてもらったわ』

「その結果、霊魂が認知出来るタリスが気付いたって事か」



冷静に分析するフィリアムにメルビンは小さく縫いぐるみの首をコクリと縦に動かす。シンクはその話に何かに気が付くと、「て言うかさ」と声を上げた。



「もしかしなくても、セフィロトの入口で力を貸してくれた霊魂ってアンタか?」

『ええ。そうなるわね』



と、メルビンはあっさりと肯定した。それにレジウィーダは嬉しそうに笑った。



「そうだったんだね! あの時はありがとう。メルビンさんがシンクに力を貸してくれたから、あたし達は無事にここまで辿り着けたよ!」

『あの地は人が踏み入るにはあまりにも過酷だから………死者や怪我人も毎年多く出ているの。だからあなた達が無事に街まで降りられて良かったわ』

「けど、どうして今もまだ俺達について来ているんだ? それも縫いぐるみにまで憑依して……」



どことなく安堵したように言うメルビンにフィリアムも己の疑問を上げる。しかし彼の言う事も尤もで、彼女が雪山での遭難を危惧しての手助けならば、ここまで着いてくる必要はない筈だ。それもタリスの力を借り、改めて憑依してまでここにいる理由とは何なのだろうか。

そんな彼に続くようにレジウィーダも更に問い掛けを重ねる。



「何か、やりたい事でもあるの?」

『……ええ』



メルビンは再び小さく頷いた。



『私は、この世を去ってからあの雪山を離れる事が出来なかったの。外の世界に生きる子供達が、何を知り、何を求め、そして………何をして生きているのか。知りたかった。タリスさんの力があればそれも可能になるのがわかったから、私の方からお願いしたのよ』

「そうだったんだ」



このメルビンと言うは、生前は相当な子供好きだったのだろうか。それとも彼女が何年前に亡くなったのかはわからないが、その子供達……と言うのが現在も生きていて、どこかで何かの仕事をしていたり、家庭を持って静かに暮らしたりでもしているのか。



(いや、そもそも霊魂になってまでその人達を心配する程なら、そんな平和な物でもないのかも……?)



それこそ、同じこの白銀の大地に眠る人のように、心配と言う名の大きな未練があるのだろうか。

そこまで考えて、レジウィーダは「ん?」と再び首を傾げた。



(女性で、シンクに力を貸せるほどの譜術士で、心配尽きずに成仏出来ない霊魂って…………)



あまりにも、既視感がある。この人が元はどんな容姿をしているのかはわからないが、しかしレジウィーダが知る存在とは名前も違うし。何よりももし本当に彼の人であるのならば、一応お互い面識があるのだから、この人のこの態度的には初対面……と言うことで良いのだろう。



(気のせい、だよね……?)



だってまだ、約束は果たせていないのだから。会いに行くとしても、成果はほぼ振り出しになっている今、どの道彼女に合わせる顔がないのだ。
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