A requiem to give to you
- 愛芽吹く、新しい夢(1/7) -



父の夢、兄の夢……そして、母の夢。弟も、やりたい事に満ち溢れ、自らの足で進んでいる。

願う事など、許されないと思っていた。けれどそれではダメだと誰かが言った。だから少しだけ、”夢”を見る事にした。夢見るだけなら、自分を許せるような気がしたから。

でもね。やっぱり見るだけじゃ、気持ちは抑えられない。伸ばされた手、背中を押す声、隣で再び前を向く人。ここまでされたら、考えちゃうじゃん。

だからもし、この願いが叶うなら……………あたし自身も一歩前へ、進んでみても良いのかな?






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







地球へと戻って二日目の深夜。日中の買い物やら、未来の部屋での出来事やら、夕飯時にシンクと睦が騒いだりとかなり充実した一日だったと思う。

夕飯の後は一先ず睦にも協力してもらい、聖と陸也の家へもう一日皆で泊まる為帰れない旨を伝えた。取り敢えずはどちらも納得してもらえたようだが、流石にこれ以上引き伸ばすのは厳しいので、明日には何とかしてオールドラントへ戻らなくてはいけない。───だが、



(……結局、お父さんと話せてないや)



夜にでも話そうかと思った矢先、タイミング悪く父の職場から電話がかかって来た。至急訂正しなければいけない書類があるとかで、電話を切るなりそのまま部屋に篭ってしまった。仕事ならば、邪魔をするのも悪いと思い今日は諦め、明日行く前にでも何とか話をしたいところだ。

そんな事を思っていると、廊下から物音が聞こえてきた。



「……………ん?」



今は深夜もかなり遅い時間で、皆に寝る前の挨拶を交わしたのはそれなりに前だ。母がトイレにでも起きたのかとも思わなくもなかったが、何となくその足音は母の物とは違う気がした。その後も暫く黙って耳を澄ませていると、次いで玄関のドアの開閉音が聞こえてきた。

結局誰が外に出たのだろう、とカーテンを少しだけ開けて外を見ると、玄がどこかへ歩いていく背中が見えた。



(お父さん……?)



どこへ行くのか、気にならないわけがなかった。宙は急いでパジャマから着替え、上着を手に取ると静かに部屋から出て階段を降りた。客人である三人を泊めている部屋の前を通り過ぎ、玄関へと向かおうとしたところで、リビングに小さな明かりがついている事に気がついた。不思議に思ってリビングの扉を開けると、そこには遥香がいた。



「宙? まだ起きてたんだ」

「お母さんこそ、こんな時間まで珍しいね」

「まあね。今日も休みだから、ついつい……」



キッチンにあるダイニングテーブルに備え付けの椅子に腰掛けた遥香の手には、湯立つマグカップがある。テーブルの上にはブックカバーのされた手頃なサイズの本が置かれているので、どうやらそれを読み耽っていたのだろう。

宙の言葉に苦笑気味に笑う遥香は、それからこちらの格好に気がつくと首を傾げた。



「ところで、宙もどこかへ出かけるの?」

「も、って事はやっぱり………」



それに遥香は呆れたように笑って頷いた。



「玄がちょっと出かけてくるってさ。……まぁ、アイツの事だから行き先なんて一つだろうけど」



本当に好きよねー。

やれやれと肩を竦める遥香に宙も苦笑を禁じ得なかった。



「そうだね」

「それで…………追うの?」



その言葉に宙は頷く。



「今を逃したら、きっともう次はないから」

「……………………そっか」



そう言った遥香は、どこか嬉しそうな気がした。そのまま行っても良かったのだが、何となく………聞いてみたい事があった。



「お母さん、一つ聞いて良い?」

「んー?」



あのね、と一度言葉を切った後、それから意を決して今までずっと疑問に思っていた事を聞いてみた。



「お母さんは、どうしてお父さんに協力したんだ?」



元々は玄の夢の為に作られた存在とは言え、生まれ落ち方自体は人のそれと殆ど同じだ。宙自身に当然ながら経験などないが、すごく痛い思いをした筈だし、苦しかったのだろうと言うのは想像に難くない。そうまでして、ほぼ実験のような形で子供を産んだ理由を、娘である宙自身は知らなかった。

遥香は手元のマグカップに入っている紅茶を見つめ、それから懐かしそうに目を細めると口を開いた。



「認めたくなかったから、かな」

「どう言うこと?」



思わず聞き返すと、遥香は「私はね」と更に続けた。



「元々は結婚を予定していた人がいたんだ」

「え、そうだったんだ……」



ええ、と遥香は頷く。



「当時、お付き合いしていた人と同棲もしていたんだけど、ある時私に子供が出来ない可能性が高いってわかってさ。そしたら…………捨てられちゃったんだ」

「あ…………」

「子供を産めない私に価値がなくなったのか、それとも単純に愛情が冷めてしまったのか。本当のところはわからないけど、その時はそれがとにかくショックで、傷付いて。だからと言ってどうしようもなくて、全てがどうでも良くなっちゃったんだ」



自暴自棄になりかけていたそんな時、遥香に声をかけてくれたのが玄だった……と彼女は語る。普段は底抜けに明るくて、前向きな母からまさかこんな話が出てくるとは思ってもみなかった。しかし宙はそれに対して嫌悪感を抱いたりするわけでもなく、ただただ黙って話の続きを聞いていた。
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