A requiem to give to you
- 結ばれた約束(1/8) -



一年中白銀で覆われたこの地は、今日もしんしんと雪が降り続けている。街から離れた山岳地帯では吹雪く事も多いとされているが、今日は遠くで獣の鳴き声が鮮明に聞こえるくらいには穏やかで、静かだった。



「……はぁ、………はぁ………ホント、最っ悪………!」



ずるずると重たい物を引き摺りながら人の手の入らぬ雪道を歩く影。白いフード付きのローブは薄汚れ、いつもは綺麗に手入れがされて艶立つ髪を乱し悪態を吐くのはクリフだった。

彼はとある者を追ってこの地まで来ていた。いつの間にか盗られていた大切な友達への預かり品を返して貰う為、上司の一人から空を飛ぶ魔物を一匹だけ借りてこの大陸唯一の港まで飛んできた(流石に山の奥まで飛ばすには可哀想すぎたので、魔物は港から少し離れた森に隠れてもらっている)

目的の人物がどこへ向かったのかは大体把握していた。何をしようとしているのかは、その者が同行者として連れて行った者の名前を聞いてそれも直ぐにわかった。本来ならばこれだって機密事項なのに、一般兵に毛が生えたような存在が知っている筈がないのに……それでも嫌な予感は的中するもので、港で情報を集めていればやはり彼女達が向かったのは山岳の更に奥だと言う。

あの場所は何も知らなければ、何もない。ただただ広い氷の空間が広がっているだけの場所だ。だかしかし、事実を《知っている者》が《必要な物》を持ってその場所に行くとなれば話は別だ。

クリフだって細部の一つ一つを知っているわけではない。しかし、これでも教団の機密にはある程度触れてきた過去がある。行った事も目の当たりにした事もないが、あの場所で何があったかは知らないわけではないのだ。況してや彼女と一緒に行ったと言うあの男………ディストがいると言うのならば、ただの観光だなんてことは決してないだろう。

クリフはチラッと自分の少し後ろを見る。己に引き摺られているソレは、例の場所で転がっていたものだ。他にも壊れた様々な鉄の残骸が落ちていたりもしたが、機械に明るくない自分ではどうする事も出来ず、取り敢えず怪我はあるものの、未だに生命の鼓動が失われていないソレを連れて行くことにした。

本当ならば放っておきたいところだが、まだ色々とこいつからは聞かねばならない事もある。それに……



「……勝手に消えるなんてさせないからね。アンタが死ねば、あの子が悲しむんだから………」



しぶとさなら誰よりもあるとされている男だ。早々にくたばるとは思えないが、それでも万が一にでもそんな事態にでもなれば、友達が傷付くのは目に見えている。それに今のこの状態で魔物に襲われるのも好ましくはない。ここら一帯は特に凶暴さを増した魔物が潜んでいるとも聞いているから、早く街まで降りたいところだ。



(意識が戻ったら、この礼はきっちりと取らせるからね……!)



そう心の中でもう一度悪態を吐くと、クリフは腕に入れる力を更に強め下山に向かう足を早めた。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







帝都グランコクマ。和平へ承諾したインゴベルトから書簡を預かったルーク達は、ナタリアの準備が出来次第直ぐにアルビオールを走らせた。ジェイドが事前に鳩を飛ばしてくれていたらしく、城の前に行くとそこにいた兵士に案内されて、いつか見たあの幻想的な水流に包まれた謁見の間へと案内された。

そしてまた、ルーク達が来るのを待っていたのだろう。その空間で一番高い位置にある玉座ではピオニーが座っていて、彼らが入ってきた姿を見て子供のように勢いよく立ち上がるのを大臣達に咎められていたのもつい今し方の事だった。



「そうか、漸くキムラスカが会談をする気になったか」



ジェイドから書簡をもらい、ルーク達の説明を聞きつつそれに目を通したピオニーは先程までの態度から一変し、重々しくそう呟いた(相変わらず切り替えの早い人である)

ナタリアは「陛下」と一歩前に出た。



「キムラスカ・ランバルディア王国代表してお願いします。どうか、我が国の狼藉をお許し下さい。そして改めて平和条約の───」

「ちょっと待った。自分の立場を忘れてないか?」



ピオニーの言葉にナタリアはえ、と言葉を止めて戸惑う。それにルーク達も首を傾げていたが、彼の直ぐ後ろにいたタリスはハッとすると「そう言う事ねぇ」と呟いた。



「タリス?」



ナタリアがそんなタリスに説明を求めるように視線を寄越すと、彼女は一瞬だけ迷った後、小さく口を開いた。



「あぁ………えーと、ナタリア様。キムラスカとマルクトはあくまでも対等の関係にあります。例えあなたが王女で、ピオニー陛下が皇帝であっても、あなたが言う通りナタリア様がキムラスカを代表とするならば、今この場であなたと陛下は絶対の対等関係です。だから、今ここでこの方にそれを言うことは、キムラスカがマルクトに対して頭を下げた事になってしまう。その時点で、対等の関係は崩れてしまうんですよ」

「そう言う事だ」



タリスの説明にピオニーも強く頷く。次いで彼は部下の一人を振り向き、先程のナタリアの発言を取り消させた。そしてその次にジェイドを見ると、呆れたように腕を組んだ。



「お前も止めないとは相変わらず人が悪いぞ、ジェイド」

「おや、バレてましたか♪」



てへぺろ、まではいかないが、そんな効果音がつきそうな声色で悪びれた様子もないジェイドに誰もが突っ込みたい衝動抑え、彼の幼馴染みでもあるピオニー本人は苦笑を漏らした。
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