A requiem to give to you
- 運命を断ち切る時(1/7) -



2XXX年、10月某日午後───皆川家にて。



この地域ではかなり大きい部類に入る家があった。そこには父と母、そして娘が一人住んでいる。

娘の父は大きな企業の代表、母は外国を中心に事業展開をしているデザイナーだった。その為、両親は家に帰る事が少なく、昔から娘は寂しい思いをしていたと思う。なるべく大人の目があるようにと家庭教師や家政婦を雇ったりもしていたが、どれも長くは続かない。

娘の祖母はそんな可愛い孫が心配で度々様子を見にきていた。今日も自分の務めを終え、少し早いが昼過ぎ頃からこの家へと足を運んでいる。

家政婦は休みなのか。それとも今は雇っていないのかはわからないが、誰もいない広いリビングで静かにお気に入りの紅茶を入れて飲んでいると、部屋の扉が開かれた。



「誰かいるのか………って、母さん?」



来ていたのか。

そう言って被っていた帽子を取りながらこちらへと来たのは孫の父であり、祖母の息子だった。ワックスで固めていたであろう焦茶の髪を手で解し、昔からの変わらぬ癖毛が出てくる。そんな彼に構わずお茶を飲み続けていると、着ていた上着を脱いでネクタイを外した彼は祖母の座っているソファの近くに置いてあった椅子に腰掛けた。



「涙子の様子を見にきてくれたのか。いつもすまない」



そんな我が子の台詞にカップをソーサーに置き、思わず鼻で笑う。



「どこぞの馬鹿息子と嫁がなかなか帰ってこないからねぇ。年頃の娘をこんな広い家に一人置いておけるわけがないだろう」

「……すまない」

「悪いと思うのなら、もう少し時間を作って上げてもいいんじゃないかい?」



そう言うと、彼は罰が悪そうに視線を下に向けて頷いた。



「わかってはいるんだ。だが、年末に向けて今が一番忙しい時期なんだ。せめて、それが終わるまでは……涙子には、悪いとは思ってるんだけどね」

「はぁ……全く仕方がない奴だねぇ。まぁ、会社を大きくするのは大義なことさ。事実、それによってここが支えられているのも確かだからね」



それで、



「今夜くらいはいるのかい?」



そう問えば、彼は頷く。



「ああ。今日は家で残りの仕事をして、明日の朝に出るつもりだ。……その後は他県に出るからまた暫く帰れなくなるが」



だからまた、娘の事を頼むよ。

申し訳なさそうに言われた言葉に祖母は仕方ないがないと大きく溜め息を吐き、頷いた。



「けど、今夜くらいはちゃんと親子の時間を過ごしておやりよ」



そう言うと彼は苦笑した。



「寧ろ、その時間を許してくれれば良いんだけどな」



自信なさげなその言葉に「情けない事言ってんじゃないよ」とその背を殴った。






3






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白銀の大陸。一年中雪の降り積もるこの大陸でも特に寒さが厳しいとされるロニール雪山の更に人の手の及ばない奥地にシルフィナーレは来ていた。

中は洞窟と言うには浅く明るい、けれど魔物すら寄せ付けない上も下も氷で覆われたそこは何とも神秘的な場所だった。そしてその場所の最奥には、一際大きな氷塊が佇んでいる。人が一人覆い隠せそうなくらいのそれの前に来ると、彼女は後ろを振り向いた。



「もう、遅いですよ」



苦笑しながらそう言うと、ガチャガチャと音を立てながら大きな譜業が両側から生えた腕(?)に何かを抱えながら現れ、その更に後ろから浮遊した椅子が追いかけてきた。

そして椅子に座る人物、ディストは足をバタつかせて憤慨した。



「貴女が早過ぎるんですよ! 全く、急に人の研究室に乗り込んできたと思ったらこんな所まで引っ張ってきて……。これで何もなかったら承知しませんからね!!」



こっちは色々と忙しいんですから!

そう言って文句を言うディストにシルフィナーレは恐れる事なく頷いた。



「それに関してはご安心下さい。態々六神将様にご足労頂いているのですから、決して意味のない事は致しませんわ」

「フン、それで? 貴女に持たされた”コレ”はどうすれば良いんですか?」



ディストは顎で譜業……カイザーディストの抱えるものを示す。

それはいくつもの武器だった。しかしそれは妙に禍々しかったり、反対に驚くほど清んでいたりと対照的だ。また、シルフィナーレの手に持つ杖も、同じような気配を漂わせている。



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『ディスト様。貴方の悲願、私も協力させて下さい』



モースからやっとの思いで手に入れた情報。元々は神託の盾の中でもかなり高位の者だけが知る機密事項。漸く己の願いを一歩先に進めると思い早速調べようとした矢先に、そんな言葉と共に現れた主席総長補佐である女。

どうにも彼女は嘗てこの地で起きた事件について調べていた事があるらしい。そしてディストが敬愛して止まない、今は亡き恩師についても彼自身が知り得なかった情報を持っていた。

別に彼女を信頼しているわけではないが、恩師について自分が知らない事を知っているのを見過ごすわけにはいかない。それに彼女自身が何を思って己に協力しようとしているのかはわからなかったが、手を貸すと言うのなら……利用させてもらおうじゃないか。

そうしてディストは彼女の協力を受け入れたのだった。



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