A requiem to give to you- 再生を求めて(2/8) -
「それで、あんたは何であんな所にいたんだよ?」
本当に取り敢えず連れて来ただけだったのか、ルークがスピノザを振り返ってそう問うと、彼は言い辛そうに目線を下げる。
「わ、わしは……」
「スピノザ!? お前こんな所で何をしとるんじゃ!!」
彼の言葉を遮るようにして騒々しく声を上げたのはヘンケンだった。その隣にはキャシーの姿もあり、驚いたように目を見開いたかと思えば、年齢を感じさせない素早い動きでヘンケンはスピノザの胸倉を掴み上げた。
「貴様……よくもノコノコとわしらの前に姿を現せたもんじゃな!!」
「ヒィッ……ヘ、ヘンケン! わ、わしは……わしは……」
「なんじゃ! 今更言い訳なんぞ聞かんぞ!」
怒り心頭のヘンケンにスピノザは何かを言おうとするも、上手く言葉を発せないでいた。しかしこのままでは何も話が進まないと感じ、ルークが二人の間に割り込んだ。
「ヘンケンさん、気持ちはわかるよ。スピノザはあんた達を、そしてシェリダンの人達を裏切り追い詰めた張本人だ。だけど、何の武器も持たずに態々一人でこんな所まで来たんだ。取り敢えず話だけでも聞かないか?」
「そうね。もしもこれ以上裏切るような真似をすれば、これだけの実力者がいるんだもの。いくらでも拘束は出来るわ」
ティアも付け足すようにそう言うと、ヘンケンは渋々とその手を離しスピノザを降ろした。
「それで、お前は一体何しに来たんじゃ」
改めてスピノザを向き直ったヘンケンがそう問うと、スピノザは覚悟を決めたように拳を握り締めながら口を開いた。
「わしは………ヘンケン、お前達に……謝りたかったんじゃ」
「何じゃと?」
「確かにわしは、二度もヘンケン達を裏切った。二人が止めるのも無視して禁忌に手を出し、その上二人をヴァン様に売った………じゃが、」
と、スピノザは勢い良く床に膝を突き頭を打ち付けんばかりに下げた。
「じゃが! シェリダンが襲われ、お前達が神託の盾に殺されそうになって初めて気付いたんじゃ! わしの研究は、仲間を殺してまでやる価値のあったものなんじゃろうかと……」
「スピノザ、お前……」
「許してもらえるとも思っとらん。じゃが、お前達が生きていて本当に良かったと思っとる。謝っても謝り切れないのもわかっとるが、それでも言わせてくれ! 本当に……………すまなかった!」
そうヘンケン達に謝罪をしたスピノザの顔は見えない。しかし鼻を啜る音、そして床を濡らすその涙は……きっと本物なのだろう。そんな姿を見て、ルークが言った。
「俺、この人の言ってる事、信じられると思う」
ルーク、と仲間達は驚いたように彼を見る。しかし彼は構わず続けた。
「俺、アクゼリュスを消滅させた事、認めるのが辛かった。認めたら今度は、何かしなくちゃ……償わなくちゃって、思ってた。……この人は、あの時の俺だ」
その言葉にティアが「ルーク」と悲しげに呟く。それを横にジェイドがスピノザに向かって口を開いた。
「スピノザ博士。もしも貴方の決心が本当なら、やってもらいたい事があります」
「な、なんじゃ?」
スピノザが頭を上げてジェイドを見ると、彼は眼鏡を押し上げ、それから真剣な表情で言った。
「障気の中和………いえ、隔離の為の研究です。これには貴方が専門にしている物理学が必要になる」
「大佐! こんな奴を信じるの!?」
アニスが信じられないようにそう言うと、ジェイドは肩を竦めた。
「人間性はさておき、これでも彼の頭脳は一流なんですよ」
棘のある言い方だが、確かにスピノザはベルケンドで有名な研究者だ。それこそヘンケンやキャシー達とチームを組んでいた事だってある。それに障気については大地の降下後も課題になるのだから、世界を存続させる為にも使える物は何でも使うべきだった。
「や、やらせてくれ!」
スピノザは決死の表情で立ち上がると叫んだ。
「わしに出来るのは研究しかない!」
「貴方は兄の、ヴァンの研究者でしょう? そんな事をすれば、殺されるかも知れないわ」
決して心配からではない。しかしその覚悟が本当であるのか、それを試すようにティアが言えば、スピノザは強く頷いた。
「それでもやらせてくれ! 頼む!」
「スピノザ」
今まで黙っていたヘンケンが声を上げる。それにスピノザが振り向いた瞬間、ヘンケンは己の右拳を思い切り彼の薄い頭へと振り下ろした。
「うっ、おおぉ……っ、」
「お前は、本当にどうしようもない奴じゃ」
殴られた頭を押さえ震えるスピノザにヘンケンが静かに言葉を溢す。その表情は怒りとも、悲しみとも取れなくはなかったが………直ぐにそれを収めると、大きな溜め息を吐いた。
「───それでも、わしらはお前のその研究熱心なところは、嫌いじゃないんじゃよ」
「! ……ヘンケンッ」
勢い良く顔を上げたスピノザにヘンケンは腕を組んで眉を吊り上げた。
「そこまで言うからには、思う存分こき使ったるわい! それで今度裏切ろうものなら……」
「誓う! 絶対にもう、お前達を裏切らん! だから、一緒にやらせてくれ!」
「───だ、そうだけど」
と、二人のやり取りを見守っていたキャシーは困ったように頬に手を当てた。
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