A requiem to give to you
- 逆位相の交響曲・後編(2/11) -



まだモースは知らないらしいが、最後にダアトに立ち寄った時にイオンはモースが肩代わりしたタトリン家の借金を全て引き受けたらしい。それもダアトの資金ではなく、個人でだ。流石にグレイとレジウィーダも今まで貯めてきていた分から一緒に払うつもりでいたらしいが、その申し出を笑顔であっさりと断り、その場で一括払いしたと言うのは、流石最高指導者である。財力も桁外れている。

そして、肝心のタトリン夫妻の処遇についてはどうなるのかと言うと、今はまだモースに気付かれるわけにはいかないと言うことで、いつも通り過ごしてもらっているらしい。事が落ち着いたら、財産管理の代行人を立てて、今まで通り住み込みで働きつつ確実な借金返済と、財産の使い方を一から学んでもらう、との事だった。また、アニス自身については管轄がモースからイオンに代わり、今度こそ、イオンだけの部下として働く事を約束した。

アニス、そしてグレイらの行ってきた事についても話が上がったが、それはフィリアムの時と同様、個人を捌くことは出来ない為、今までの他国への被害については、後でまとめてローレライ教団及び神託の盾騎士団の方で精算するらしい。



そして、これからの事。スピノザが六神将に保護されている以上、今回の作戦を邪魔してくる可能性は非常に高いと言う。正直、どこまでスピノザから情報が漏れているかわからない以上、どこで邪魔が入るのかが不確定だった。それならば、とグレイが提案したのは、敢えて作戦日時と出発場所を相手に伝える、と言う事だった。そうすれば少なくともヴァン側は確実にシェリダンへ来るだろう、と。どこで受けるかわからない襲撃を喰らうより、確実な場所で迎え撃った方が良い。だからこそ、アニスには最初に決まった日時とメンバーをモースへと手紙を飛ばしてもらったらしい。モースに情報が行けば、六神将へ。そして六神将からヴァンへと確実に情報が行くだろうから。

問題はシェリダンの住人達だ。事前に事情を話して避難してもらうにしても、出発時の合図を送ったり、譜術障壁を張る役目をになっているイエモンやヘンケン達は直ぐには出来ない。最悪、巻き込まれてしまうことも考えられる。

だからと言って、彼らを地核へ連れて行くわけにもいかない。ならばどうするか。そこでグレイはアリエッタの魔物にイエモン達の回収を頼んだ。どうやって彼女と連絡を取ったのかと、ルーク達は当然の疑問を上げたが、それはモースへの手紙と共にアニスからアリエッタ宛へと魔物の餌を渡してもらったらしい。そしてその中に、グレイからの今回の事についての協力要請のメモを入れたらしい。

返事を待つ時間はなかったが、手紙が届くと言うことは、確実にアリエッタにもメモは届く筈だ。今の彼女ならば、イオンの危機と聞けば何がなんでも協力してくれると踏んでいた。だから当日までその結果は賭けになるが、彼女ならば、やってくれるだろう。そう、グレイは言っていた。



「正直、」



と、ヒースは海へと視線を向けながら口を開く。



「あいつは勝算のない作戦は立てないと思ってる。少なくとも、誰かの為には………ね。だから、イエモンさん達は大丈夫。そこは安心して良いと思うよ」



だけど、



「問題のあいつ自身は、割と自分の事はおざなりだからね。しかもヴァンにリグレットを相手に、どこまで何をどうしようと考えてるのかはわからない。そこは、心配かな」

「ヒースちゃん……」



レジウィーダはヒースの名前を呼ぶと、突然ニッと笑って彼の背中を思い切り叩いた。なかなかに小気味の良い音が響き、ヒースは痛みに顔を顰めた。



「痛っ!?」

「そこは相棒としてアイツを信じなくっちゃ!」

「いや、あいつと相棒になった覚えはないんだけどって言うか、めちゃくちゃ痛いんだけど?」



恨めしげな視線も何のその、レジウィーダは「細かい事は気にしなーい」と彼女のいつもの常套句を上げる。



「大丈夫。だってアイツだよ? 逃げるのも隠れるのも昔っから得意なんでしょ? 逃げるって決めたのなら、絶対に逃げ切るのがアイツだ」

「何だかすげぇ情けなく聞こえるのは気のせいか……?」



ルークがボソリと呟き、他の仲間達も苦笑する。



「でも、レジウィーダの言う通りかもねぇ」



タリスもそう言って笑う。



「今は彼を信じましょう。そして私達も作戦を成功させて、世界を救ったぞってグレイにドヤ顔で自慢してあげなくちゃ♪」

「そうそう! だから、ね?」



二人にそう言われ、ヒースはやがて小さく笑った。



「そうだな。………僕達にだって、やるべき事がある」



何も、出来ないわけじゃない。ただ黙って見守るだけじゃなくて、今は仲間達と世界の命運を抱えているんだから。

だから………



(こんな所でくたばる事だけは、絶対に許さないからな)



一人強敵に立ち向かって行った親友へ、ヒースは一抹の不安を押し殺すようにそう願った。















そしてこの時、もう一人の仲間がいない事に気付いた者は───誰一人としていなかった。






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