A requiem to give to you- 馳せる追想、奏でる回顧・前編(2/6) -
もう少しだけなら食べられそうかな、とフィリアムも再び料理に手を伸ばそうとすると、シンクが「あ」と思い出したように声を上げた。
「そう言えば、もう直ぐヴァンが帰ってくるってさ」
「あ、そうなんだ」
と、言う事は彼と共にダアトを出ていたフィーナも戻ってくるのだろう。それは好都合だと思い小さく料理を口に運ぶ。
可もなく不可もなく、恐らく普通に美味しい部類に入るのだろうが……何だかこう、物足りなさを感じる。
「フィリアム、やっぱり美味しくない?」
そう言うつもりはないのだが、何かを感じたらしいアリエッタに問われ、フィリアムは首を横に振った。
「別にそんな事はないけど……うーん」
「物足りないんでしょ」
そうキッパリと言い切ったシンクの手は止まらず、次々と料理が消えていく。ある意味いつもの事なので最早誰も気にしなかったが、フィリアムは彼の言葉に腑に落ちる感覚を掴んだ。
「あー………そう、なのかも」
まだ皆がいた頃はよく気まぐれでグレイが色々と作ってくれていた事を思い出した。作ってる本人は別に料理好きと言うわけでもないらしいのだが、暇になるとよく総長室のキッチンを勝手に弄っては幹部やフィリアム達に食べさせてくれていた(一部呼ぶ前から勝手に来て摘んでいる奴らもいるが)
数をこなしているだけあるのだろう。味はなかなか美味しく、また彼の出身地の関係もあるのか、味付け自体も被験者の感覚と近い為かフィリアム自身ともよく合う。
そのせいか、恐らくだが舌が肥えているのかも知れない。そう思うと少しだけ彼の料理が恋しくなる。
「グレイ、もうダアトに戻ってこないのかな?」
どうやらアリエッタも同じ事を思ったのか、ふとそう呟く。するとカチャリ、と静かな音と共に料理を食べていた二人の手が止まった。
「無理じゃない?」
「いや、わかりませんよ? 彼は導師側についているだけで神託の盾騎士団をやめたわけではなさそうですから」
「じゃあ、イオン様が戻ってくれば一緒に来る……のかな?」
「それは………」
状況的に限りなく無理でないだろうか。イオンが命令して連れてくるならまだしも、彼は元より幼馴染み達が最優先で動いている筈だ。その者達がルーク側で動くのなら、まず間違いなく向こうへ行くのだろう。
そう思うと、また少し寂しさが募る。
「あのさぁ」
重たくなる空気にシンクがイラついたように口を開く。
「今はそんな事どうでも良いだろ。第一、あのレプリカ達とボク達は今敵対してるんだよ? グレイは元々六神将補佐だ。それを投げ出して向こうにいる時点でボク達にとったらアイツは裏切り者な訳。仲良しこよしなんか出来るわけないでしょ」
吐き捨てるような言葉に、けれど紛れもない事実に流石のアリエッタも俯いて黙り込む。しかし直ぐに顔を上げると彼に問うた。
「シンクは、このままで良いの?」
「何がさ?」
「アリエッタは、ヴァン総長に感謝してる。総長の為にお仕事がんばるよ……でも、皆と一緒じゃないのは、寂しいよ」
(寂しい…………か)
ヴァンの計画の先にある未来。それをアリエッタは知らないのだろう。全てが終わったら、また皆で同じ時を歩むと信じている。
だけどそれは叶わぬ事をフィリアムは知っている。ヴァンは全てをレプリカに変えようとしているのだから、被験者は何一つとして残すことは許さないだろう。
レプリカであるシンクもヴァンの計画の先の未来を行くつもりはないようで、どうにも生への執着が薄く感じる。
(初めて見た時は、そんな感じしなかったのにな)
レジウィーダに手を差し伸ばされ、その手を取った時の彼は確かに生きる希望を持っていたように思えた。
何が彼を今のようにしたのか。ヴァンに何か吹き込まれたのか、あるいは別の切っ掛けがあったのか。恐らくは聞いても答えてはくれないだろうから、事実をフィリアムが知る事はないのだろう。
そんな事を思っていると、シンクが大きな溜め息と共に立ち上がるのに気が付いた。
「───やってらんないね。ボク達はおままごとをしている訳じゃないんだよ。甘ったれた事ばっか抜かしてさぁ、ムカつくんだよ」
「でも、」
「お前の話をこれ以上聞いてると良い加減吐きそうだから、ボクは先に帰らせてもらうよ」
そう言って何かを言いかけるアリエッタを無視してガルドをテーブルの上に乗せるとシンクは踵を返す。それから顔だけフィリアムを向いて言った。
「フィリアムもこれ以上悩みの種を増やしたくないんなら、さっさとコイツらから離れる事だね」
それだけ言うとシンクは振り返る事なく教会の方へと歩いて行った。
「シンク……」
「ああ、アリエッタを悲しませるなんて………相変わらずいけすかない上司ですね! 今度一発締め上げましょうか??」
悲しげにシンクが去っていった方を見るアリエッタと、最早空気を読む気すらなさそうにどこからかロープを取り出すクリフ。
温度差に一瞬だけ頭がバグりそうになりながらも、しかしアリエッタに引っ張られなかった事に内心感謝しつつフィリアムは半眼でクリフを見た。
「お前さ……いっそその性格が羨ましいよ」
「お教えしましょうか?」
楽しいですよ、と鞭を持った覆面の女が写った表紙の本を取り出され、「いらないから」と、やんわりと押し返した。
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