The symphony of black wind- 風の配達屋(1/4) -
空は曇り無き快晴。風は穏やかで、向きも良好。そんな絶好の洗濯日和の今日この頃、上空を一匹の飛竜が飛んでいた。バサバサと大きな翼を羽ばめかせ、恐ろしいと言われるその厳つい顔にある金色の二つの瞳は飛竜にしては珍しく、とても優しい輝きをしていた。
そんな飛竜の上を跨ぎ乗る青年は一つ大きな欠伸をすると両手を挙げて身体を伸ばした。
「うーん。良い天気だなぁ……寝そう」
「グゥ」
その言葉に答えるかのように飛竜が鳴く。まるで「そんな事をしたら落ちるぞ」とでも言いたげに。本当にそう言ったのかどうかは定かではないが、青年は苦笑して飛竜に繋がっている手綱を掴むと、硬い石のような皮膚を優しく撫でてやる。そして軽く手綱を振ると意気込んだように声を張った。
「さぁ、イセリアの森まであと少しだ。頼むぜ、フェイロン!」
「グゥ!」
フェイロンは答えると一度大きく翼を開き、急降下したところで一気にまた羽ばたき出した。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
イセリア村。再生の神子の住む小さいがとてものどかな村だ。その村よりももう少し奥にイセリアの森と呼ばれる魔物の棲む森がある。青年が暮らしている家は村からの帰路でその森を通るのだが、途中ディザイアンと呼ばれるハーフエルフの集団のいる人間牧場がある。本来ならそんな響きからして危険な場所のすぐ近くにあるイセリアの人達が安全な暮らしを出来るとは言い難い。しかしそれを可能とするのがそのディザイアン達との不可侵条約だ。この条約のお陰で今日の村の安全は保たれていると言っても良い。
互いの領域への干渉は一切行わない。勿論、危害も加えないと絶対的な約束をされた条約だ。その為村の者、そして青年や彼と暮らす家族にも、牧場へと行く事は禁じられている。
だから村の者や青年達は知らない。
毎日、人間牧場で行われている凶行を……。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
森(村とは反対)の出口まで来るとフェイロンはゆっくりと降下し、地面に着いた。
「サンキュ」
青年は荷物を抱えてフェイロンから降りると、手綱を外し顔を撫でた。フェイロンはそれが気持ち良いのか僅かに目を細めるとまるで大きな猫のように喉を鳴らした。
「また次も頼むな!」
そう言って最後にポンポンと頭を叩くとフェイロンは小さく頷く(ような気がした)と、どこかへと飛び立った。青年は荷物の入った皮袋を担ぐと目前に見える我が家に向かって歩き出した。
「ただいまー」
家の前を流れる小川を渡り、戸を開けて中に入る。青年の声に家の中にいたドワーフ……ダイクは作業の手を止めて彼を振り返った。
「おけぇり。今回は随分と早かったじゃねぇか」
「まぁ、トリエットだったからな。それにフェイロンもいたし」
「ああ。ハイマから借りてきたって言うあの飛竜か」
「うん。まぁ、それは置いといて」
青年はそう言って皮袋を置き、中から小さな袋を出してダイクへと渡した。
「ほら、今回の依頼の代金」
「おう、毎回すまねぇな。こいつぁ今日の駄賃だ」
「サンキュ、つっても、これが俺の仕事だからな」
受け取ったガルドを大事にしまうと青年は苦笑した。
青年の仕事とは依頼品の配達だ。ダイクが依頼を受け、作った品を依頼主へと届ける。それは青年がこの家で暮らし始めてからずっとやっている事だった。
「身寄りも記憶もなかった俺が唯一できた恩人への恩返し、だからな」
「別に唯一じゃあねぇぞ。オレにとっちゃあミライ。お前やロイドが元気に逞しく、そんで男らしく毎日を生きてくれている事だって十分の恩返しだぜ」
このオレさまが愛情込めて育てたんだ。立派に生きてくれなきゃ、流石に悲しいぜ、と言葉とは裏腹に豪快に笑うダイクに青年……ミライは「おっちゃん……」と小さく呟いた。
.