A requiem to give to you
- 聖獣の森(1/9) -


母性とは、腹を痛めて産んだ子に対して、母親にだけ目覚めるものであるとは限らない。父親や兄弟姉妹、時には全くの他人であっても、その心を育む事が出来るモノだと思う。

それは人間だけではない。動物や、魔物だってそう。親が子を想う気持ち。兄や姉が妹や弟を想う気持ちも、自分たちと大差などないのだ……。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







夜のバチカル。昼間ほどではないものの、人の行き交う街並みをヒースは見下ろしていた。

ルークとタリスがマルクトに消えてから早くも一日が経った。ガイ達もとうに旅立ち、フィーナもここ数日姿が見えない。自分一人が街に残され、何も出来ずにただ待つ事しか出来ない事にやるせない気持ちが拭えずにいた。



「…………クソッ」



そう吐きながら強く手摺りを殴りつける。いつも、そう。何も出来ない。友達が傷付いていても助けて、手を伸ばす事が出来ない。自分はいつも、助けてもらってばかりなのに……。



(昔から……そうだ)



力がない………………いや、力はそこそこあるのは自負している。力じゃない。心が、弱いのだ。自分には思いのままに突き走る馬鹿にはなれないし、傷付く事を恐れずに立ち向かう勇気もない。況してや目的を成す為の図太さなんて、移り気の激しい彼には無縁と言っても良い。

要するに臆病なのだ。肝心な所で踏み出す勇気もない。ファブレ公爵にはそれが見透かされていた。だから止められたのだ。



「どうしたら……」



守れるのだろうか。それだけの力はあるのだ。だが勇気が持てない。踏み出せない。
もしかしたらこうしている今でさえ、ルークやタリス。それに他の友らもどこかで危機に瀕しているのかも知れないのに………!!



「……ヒースさん?」

「!!」



ふい掛けられた声にハッとして振り返ると、そこには不思議そうにこちらを見るフィーナが立っていた。



「フィーナ、さん……どうしてここに?」

「ルーク様とタリスさんがいなくなったと聞いたので、急ぎ戻ってきたのですが……」



驚いたように問うヒースにフィーナは苦笑混じりに答える。どうやら、大体の事は既に知っているようだ。



「それにしても、ヒースさんは何故ここに?」



こんな所にいては風邪を引いてしまいますよ、と心配そうに言うフィーナ。それに今度はヒースが苦笑を漏らした。



「ちょっと、頭を冷やしたかったもので……」



屋敷にいれば、余計に辛いから。ヒースは夜空を見上げながら「聞き流してくれて構いません」と言うと、静かに話し出した。



「昔、とても元気な男の子がいました。そいつはいつも友達と二人で連んでいて、よく街を探検しながら遊んでいたんです」



木に登ってみたり、裏道を探してみたり、廃棄された工場に入ってみたり、はたまた大人では到底通れそうにないような場所を歩いては、常に新しい何かを探していた。確かお嬢さんと出会ったのも、その過程だった筈だ。



「大人に見つかっては怒られたりもしたけれど、それでも秘密を共有するような仲間がいたから、心強かった事でしょう。連む仲間が増えていけば、尚更だ」



だけど、



「彼がそうで居られたのはその仲間達がいてこそだ。彼一人では何も出来ません。だから何かしら仲間が困っても、悩んでいても…………彼は何もしてあげられず、いつも遠くから見ているだけ。自分がトラブルの渦中にあっても、自分で解決しようとはせず、仲間に頼り切っているような愚か者なんです」



その時フィーナはヒースがギュッと手摺りを掴む手に力が入れるのに気が付いた。


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