A requiem to give to you
- 月が微笑み、焔は夢見る(2/8) -


身体のあちらこちらが痛むが、一先ず起き上がる。何か足りなくて顔に手を当ててみると、いつもかけていた眼鏡がなくなっていた。……きっと色々とあった合間に落としたのだろう。少し見え辛かったが、多少視界がぼやけるだけだし……、と割り切って辺りを見渡した。



「………………」



いくら眼鏡がない状態であったにしろ、これはどう見ても………



「さっきまでいた場所ではないわねぇ………」



それ以前に涙子達の住む町は海沿いではないので、波の音が聞こえる筈がない。



「陸也もいないし……」



ふぅ、と頬に手を当てながら小さく息を吐く。



「もう、本当にあの人は……





















役に立たないわねぇ」



実際、そう言う問題ではないのだが、残念ながらそれを指摘する者はここにはいなかった。







「漸くお目覚めか…」



不意に背後から声が聞こえ、振り返るとそこには一人の青年が立っていた。暗くて顔はわからなかったが、背中まである金色の髪がとても印象的だった。



「貴方は?」

「"夢想を奏でる者"」

「………………は?」



訳がわからないと言った感情がそのまま声になって出てしまい、慌てて口元に手を置いた。そんな涙子に青年は微かに笑った気配がした。



「………何か?」



ムッとした感情を隠すようにニッコリと笑って問うと、青年は「別に」と言いながらも更にクツクツと笑う。いい加減イライラしてきた涙子は小さく舌打ちをした。



「…………失礼な人」

「オイオイ、お嬢様がそんなはしたない事をしたら駄目だぜ」



誰のせいだと思っているのよ、と言う言葉は呑み込んだ。言えばまた何か切り返しが来る事だろう。



「そんな事より、ここはどこなのかしら?」

「タタル渓谷」

「タタル……渓谷? 聞いた事のない地名ねぇ」



実は地図には載っていない未知の場所なのだろうか。そんな事を考えている涙子の思考を読んだかのように青年は言った。



「一つ言っておくが、この世界にはお前が知っている土地は何一つとしてないぞ」

「世界……ですって?」



青年は頷いた。



「そうだ。ここはお前が……いや、お前達が元いた世界とはまた異なる所だ」

「……………」



一体彼は何を言っているのだろう。何だか痛い人でも見るような目で見詰めていると、それに気付いた青年は「聞いてるのか?」とどこか怒ったように問い掛けてきた。



「聞いてはいるけれど……。貴方の言っている事が今一つ理解できないわ」



正直に今の気持ちを伝えると、青年は「まぁ、そうだろうな」と肩を竦めた。



「いきなりこんな突拍子もない事言われて直ぐに理解出来る方がおかしい」

「わかっているなら最初から言わないでよ」



悪い、と青年は軽く謝罪する……が、あまり悪びれた様子がないのはこの際気にしない方向でいこう。それから青年は暫く考える素振りを見せた後、突然「よしっ」と言って両手を叩いた。


「ンじゃ、早速だが……」

「…………何かしら?」



何故だかすごく嫌な予感がした涙子だったが、それは見事に的中していた。



「もう一回飛んでくれ」


















………………。

















やっぱりこの人はどこか頭がおかしいのではないだろうか。一体どこの世界に真夜中に女捕まえて飛んでくれなど言う奴がいると言うのだろうか(事実、現在進行形で目の前にいるが)。それともそれがこの世界での普通とやらなのだろうか、と涙子は本気で悩み出してしまった。



「何か失礼な事を考えてないか?」

「いえ、ちょっと世界間にある価値観の違いについて考えていただけよ」

「……そうか。だが、今はあまり時間がないから後でお友達とゆっくり考えてくれ」

「お友達? それってどういう……」



涙子が全てを言い切る前に青年は空に向けて手を翳し、何かを唱え出した。


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