「その少年はこちらに渡してはもらえまいか」
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、グランツ謡将と呼ばれた男はそう言った。
「嫌だ」
宙は反射的にそう答えていた。
「だってアンタはこの子を……いや、この子達を火山に突き落とすように命じたんでしょ? なのに何故今更渡せなんて始まるんだよ」
おかしいじゃないか。
「気が変わった……と言う理由では駄目か?」
「そんな身勝手な理由で相手を納得させられる程、世の中甘くないよ」
意地でも少年を渡すつもりない宙にグランツは「仕方あるまい」と短く息を吐くと、腰に携えている片刃の剣を鞘から引き抜いた。
「私とて、その少年が必要なのだ。どうしても渡さぬと言うのなら、その腕を切り落とす事になるぞ」
宙は何も言わない。それが答えでもあったからだ。
グランツは剣を構え、宙を目掛けて真っ直ぐに駆け出した。*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
「グランドダッシャー!」
地面が唸りを上げ、足元に皹が入った。宙は地面を蹴って横に何とか避ける。その間もグランツは距離を詰め、剣を振り上げる。
「喰らうが良いっ!」
降り下ろされた剣撃から更に気の刃の追撃が来る。
「魔神剣!!」
「うわっ……とと、……反則だろー。それ」
ギリギリで追撃までかわす。斬る標的を失った刃は近くの岩場を破壊した。武器を持たない宙はグランツに抗議するが、彼はフッと笑うだけだった。
「それにしては先程から私の攻撃を全て避けているようだが?」
グランツの言う通り、宙は彼の攻撃を未だ受けておらず、奇跡的に無傷だった。
「そりゃ、当たったら痛いじゃんか。そんなの嫌だよ」
実際に当たれば痛いどころか命に関わるのだが、そんな事は彼女にしてみれば気にする所でもないらしい。グランツはそんな宙を見て、対峙する体勢を解かぬまま考え込んだ。
(もしやこれは………使えるかも知れんな)
そう思ったグランツが口を開きかけた時、第三者の声が割り込んできた。
「お前ら一体何してンだよ」
宙とグランツ謡将は驚いて声のした方を見ると、明らかに呆れた顔をしている陸也と何がなんだかわからずに混乱した様子でこちらを見ているディスト、フィリアムがいた。
「あー……やっぱりアンタも来てたんだ」
そう言って宙はあっさりと構えを解いて陸也の所まで駆けて行った。そんな宙の言葉に当の陸也は彼女の言葉に訝しむ様子を見せた。
「やっぱり……って、じゃあこの事態はお前が引き起こしたのか?」
「はぁ? 何でそうなるんだよ。それにあたしはてっきりアンタがやったのとばかり……」
「それこそ変だろ。第一オレは"鍵"を持ってねーから、"門"を開ける事なんざ出来ねーよ」
「何で持ってないんだよ」
「オレが知るか。てか、お前が持ってたンじゃねーのか?」
「所有者はアンタだろ。何であたしが持ってなきゃいけないんだ」
「「………………………」」
どうやら互いに勘違いをしていたらしく、見事に意見が食い違っていた。話が噛み合わない事に言葉を失った二人にディストが入ってきた。
「ちょっとお待ちなさい。先程から"鍵"だの"門"だの、何を言っているんですか?」
こちらにもわかるように説明をしろと言うディストに他二人も同意した。それに陸也は説明は面倒臭いから後は任せたと言わんばかりに明後日の方向を向いた。
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