The symphony of black wind
プロローグ




名もない樹があった。そんなこの街のシンボルとも言える樹を中心に、紅く染まった葉が舞う公園で金属を弾く音が響く。けれどそれは決して不快な物ではなく、寧ろそれが妙な心地良い音色となって耳を通っていく。

懐かしい旋律。それは少年にとって、とても覚えのあるモノだった……………いや、覚えもある筈だった。何故ならば、それは───














昔、彼自身が採譜した曲なのだから。

少年の目の前には、己と同じ色合いの髪と目をした少女がいた。彼女の手には、小さな蓋の空いた木箱が一つ。そこからその旋律は奏でられる。

箱の外に取り付けられた薇を巻く事で、中にある金属の櫛歯を回し、同じ素材のピンを弾く。そうして人の手なく音楽を鳴らすそれは、俗に自鳴琴《オルゴール》と呼ばれている。自鳴琴は、少年が少女へとプレゼントした物だった。

出会いの切っ掛けは最悪。本当だったら会う事もなかったのだろう。しかし運命は引き合わせてしまった。半分は同じ親の血を引くその存在を、少年は許せなかった。しかし、幾つもの夜を越えて、長い時間を重ねていく内に、いつしか彼女も彼女と一緒に来た人も、少年にとっては大切な家族となった。

ちょっと素直じゃなくて、喧嘩っ早い。だけど本当は純粋に外の世界を知りたくて、たくさんの友達とずっとずっと遊びたい。そんな彼女に、余計な事を考えずに笑っていて欲しくて、そんな気持ちを込めて、少年は彼女の為の曲を綴った。

曲を聴いていた少女は言ってくれた。



「……良い曲じゃん」



少し照れ臭そうな表情。しかしその言葉は確かに彼女の本心で、少年は心の底から嬉しくて笑顔が浮かぶ。───しかし、















それは直ぐ終わりを告げた。

突然、少年の視界が真っ赤になった。なんとなく胸に手を当ててみると、丁度心臓の辺りに何かが刺さっていた。それが何だかを理解すると同時に視界は空を映す。



「わ、わたし…………あ、………なんで、こんなこと………」



そんな声が聞こえ、何とか首を動かして少女を見れば、大きな目を見開いて座り込んでいる。

彼女を、大切な妹を安心させたくて、震えるその身に手を伸ばしたかった。



笑って

俺は、大丈夫だから

この先も幸せに、生きて欲しい……と。



しかし腕が少女の手に届く事はなく、少年は闇の淵へと堕ちていった。







*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇








「─────っ!!」



突然襲ってくる現実感に青年は跳び起きた。



「………はぁ……はぁ…」



荒くなった息を落ち着かせようと胸を押さえると、心臓が速く脈を打つのを感じた。

さっきの一体何だったのだろうか。

どこか生温い現実味の残る感覚に、ゾッと全身が栗毛立つような思いがした。



「夢? …………じゃな、い」



あれは俺の過去だ、と青年は混乱の抜けない思考の中でもはっきりと呟いた。



あの嬉しいと思った感情

鋭利のモノが心臓を貫いた感触

そして………あの旋律。



「いっ……つ……」



一瞬、胸に痛みが走り蹲る。しかし直ぐに痛みが引くと、青年は着ている服のボタンを外し、己の胸元を見た。



「……………」



胸元には大きな傷があった。これは青年が"今の場所"に来た時からある。

青年には幼い頃の記憶がなかった。更に言えば、"今の場所に"来た時、本来ならば死んでもおかしくない状態だったと養父から聞いていた。

それらが結論付ける事から…………アレは間違いなく自分の記憶なのだろう。



「俺は………」



そう呟くと口を閉ざし、ベッドから降りてベランダへと出た。外は夜の闇に染まり、月のない空には満天の星が散らばっていた。

風が吹き、青年の長い黒髪を揺らす。汗ばんだ体を撫でる爽やかで、心地よいその風に青年はゆっくりと目を閉じた。












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