A requiem to give to you
プロローグ







笑顔は幸せの象徴だから。





君が……君達がずっとずっと笑ってくれるなら、わたしは……───

















しまった……と、思った時には既に手遅れで。気が付けば傷つけられた背中には焼けるような熱さを感じ、吐く息は荒く、口の中には確かな鉄の味があった。

噎せ返りながらそれを吐き出すと、長い年月をかけて造り出した雪原のキャンパスをその赤で穢した。



「………して…っ」



怯えたような、小さく震える声が聞こえた。



「どうして……、なんで…っ!」



声の主である少年は、動揺が隠しきれない様子で目の前で真っ赤に染まる少女の身体と、彼女の足元に拡がっていくそれを交互に見つめていた。

そんな彼のすぐ後ろでは顔を真っ青にして、目から大粒の涙を溢す銀髪の少年が同じ様にこちらを見てくる。

二人に怪我はない。それに少女は安堵の笑みを浮かべた。



「よかっ……た…」

「良かった…? 何が良かったの!? 全然良くなんかないよ!」



君がこんな大怪我しちゃったじゃない!…と、銀髪の少年が悲痛に叫び、もう一人の少年に懇願する勢いで言った。



「ねえ、どうしよう! このままじゃ、この子死んじゃうよ!」

「煩い! そんな事は僕にだってわかってる!!」



少年は苛立ちと焦りがない交ぜになりながら、しがみ着いてくる少年を振り払う。



「どうして……何故なんだ…」



か細くそう呟いた彼は、その蜂蜜の様な色をした金髪を揺らして事実の否定をしたがった。けれど現実はそれを許してはくれないようだった。












……何故なら、少年は見てしまったのだ。
















少女の身体が透け始めているのを……。

少女は自分のその身体を見ては悲しそうに眉を下げ、少年達を向いて小さく苦笑を浮かべた。



「ご、めん…。そろそろ……お別れ…みた、い…」

『!!?』



弱々しく言ったその言葉に少年達はビクリと反応した。



「そんな……やだよ! 逝かないで………うぅ…っ」



銀髪の少年はボロボロと泣きながら少女に抱き着いた。その途端、少年の服は彼女の赤に染まっていく。少女は慌てて離そうとしたが、少年が絶対に離すまいと強く少女の服を握っていてとても無理そうだった。



「……………」



少女はもう一度苦笑し、泣きじゃくる銀髪を優しく撫でた。



「わたしは……逝かないよ」

「え…?」

「逝くんじゃ…ない。……帰るんだ…。だ、から……」



そんな顔はしないで…。



「笑って……」



笑顔は幸せの象徴だから。



「わたしは、……君達と、過ごした時…は……と、ても……幸せだった。……だから……笑えたんだ、よ?」



君が……君達がずっとずっと笑ってくれるなら、わたしは……


















わたしはそれだけで、ずっとずっと幸せになれるんだから…───







*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇








少女が消え、彼女が肌身離さずに持っていた懐中時計だけが白い雪の上に残されていた。

少年は彼女の消えた空を見上げた。何となく、灰色の空から降り注ぐ白に逆らうように昇っていく淡い光に手を伸ばしてみた。

しかし光はその手をすり抜け、やがて空気に溶けるように見えなくなっていった。



「……………っ」



頬に暖かい何かが伝った。それが何であるかは知っていたが、まさか己自身が流す事になるとは、事を起こす当初は思いもしなかった。












今、自分の中にあるこの感情は何だろうか…。












その本当の意味を知るのは、少年がもっともっと大人になってからだった。













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