A requiem to give to you
- Recollection(2/2) -


タルタロスのとある一室の入口でジェイドは一人俯いていた。つい先程まで、彼はこの部屋に監禁されている少女と話をしていたのだ。

少女はライガの卵を所持していた。それは危険極まりない物で、産まれれば人に害をなす恐れがある。本人に廃棄する意志が見られないなら、外へ出すわけにはいかない。その為に彼女は進んで監禁された。









…………と、言うのはあくまでも口実である。ライガなど、彼……死霊使い【ネクロマンサー】と名だたる彼には恐るるに足らない。大体あのままでは孵化などしないし、万が一にも孵ったならば直ぐ様焼き殺せばいい。

彼女を監禁したのには、訊きたい事があったからだ。あの少女には音素を感じられない。

人は、この世界の万物には必ずしも音素がある。生き物は身体を構成する元素に音素が含まれている。勿論、誰に何の音素があり、どのくらい含まれているとまでは彼にもわからない。だが、彼女は本当に"無"なのだ。何もない。要するに異常。

だがジェイドには昔、同じような存在に逢った事がある。それは彼がまだ十にも満たないような子供の頃の話だ。何年か幼馴染み達と共に彼の故郷である雪国で過ごした事もある。






しかし……その存在も、消えてしまった。己が消してしまったのだ。自分が、失敗した為に"彼女"を傷付け、殺してしまった。

ジェイドは室内にいる少女、タリスに問うた。



「貴女は一体何者……いえ、"何処"から来たのですか」



"彼女"は自分達とは違う世界……俗に言う異世界と言う場所から来たと言う。もしもタリスが異世界人だとしても、"彼女"と同じ世界から来たと言う確証はない。だがジェイドには、どうしても聞かずにはいられなかった。

問いに対してタリスは今までの余裕そうな態度を崩し、暫く考える素振りを見せると首を振って教えられない、と返した。そして更にこうも言ったのだ。



「私が貴方にそれを言う事で、貴方に何か利になる事でもあるのかしら?」



今思えば彼女はジェイドが軍人だから、己の故郷を案じて問うた事だったのかも知れない。しかしその問いを受けた直後のジェイドは、その考えまでに至らないほど内心混乱していた。



「私は……」



一体何で……何をしたいのだろうか。"彼女"はもう生きてはいないのに……。今更、この少女の事を知って何だと言うのだ。

暫くそう頭の中で自問自答を繰り返していたが、一部が己の口から漏れてしまったらしい。タリスからの訝しげな視線を受けてハッとする。気が付けば、慌てて部屋を出ていた。いつもの癖のように感情を隠そうとしていたが、それも恐らく失敗している。我ながら情けない話だ。



「はあ………」



思わず溜め息が漏れる。私に何の利があるか。……今更、何がある訳じゃない。



「もう、帰ってはこないんだ」



最愛のあの人が、そうであったように。

ジェイドはずれていない眼鏡を手で押さえてもう一度溜め息を吐くと、思いを振り切るように歩き出した。













END
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