A requiem to give to you
- 語られなかった隙間(2/4) -



【グレイとタリス】
※トゥナロが去った後



「ねぇ」



レジウィーダの眠る部屋から戻ってきた二人が何をするわけでもなく備え付けのソファに座って暫く。沈黙に耐えかねたのか、タリスがグレイに声を掛けた。



「ん?」

「大丈夫なの?」



色々と。

短く問われたそこには今の今までに起こった数多くの現象の事を指したが、最早色々と在りすぎてどこから手を着けたら良いのかわからなかったのだろう。

グレイは一言だけの問いに込められたそれを十分に理解したように難しい顔をして答えた。



「正直言うと、大丈夫………とは言い難ェな」

「まぁ、そうよね」

「ただ、アイツ………トゥナロの野郎と初めて会った日を最後に妙な夢は見なくなったな」



昔の、恐らく自身が失ったであろう記憶の断片。自ら消してしまったらしいそれが何故か夢として眠る度にグレイの中に現れていた。しかしその言葉の通りダアトで初めて(?)彼と邂逅した時から数日が経つが、あれから魔界で怪我をしたレジウィーダを見た時を除き、記憶の断片を夢として見る事がなくなった。

グレイの言葉にタリスは「そう」と何ともい言えない顔をした。それから直ぐにあ、となると再び口を開いた。



「トゥナロと言えば、貴方のその目は……」



トゥナロが去る直前、彼がグレイに触れた瞬間、グレイは両目に強烈な痛みが走った。グレイ自身は見てないが、その時のトゥナロの両目は元の金色を成りを潜め、嘗てのグレイと同じ黒色をしていたのだと言う。

そして今現在のグレイの右目は、左目と同じ金色になっていた。



「痛みはまだあるの?」

「いや、痛かったのは最初だけだったから今は平気だ。心配かけて悪かったな」

「心配するのは当然よ。レジウィーダがあんな大怪我をして、貴方までどうにかなったら……いよいよおかしくなりそうだわ」



そう言ってタリスは右手で頭を押さえて大きく息を吐いた。幼馴染達が傷つくのを立て続けに目の当たりにしていたのだから、彼女の精神的な疲労が見て取れる。それにグレイは申し訳なさそうにもう一度だけ「悪い」と謝る。



「謝る必要はないわよ。貴方は十分に頑張ってくれたわ。レジウィーダもヒースも、最後まで精一杯アクゼリュスを守ってくれたわ。……でも私は、何も出来なかった」

「そんな事、」

「そんな事あるわ」



タリスはグレイの言葉を遮って続ける。



「見ているだけしか出来なかった。昔も、今も……今回の事は、私もその場にいたのよ。遠くから矢なんて撃ってないで、相手の懐に飛び込んでその腕にしがみ付くくらいしなきゃいけなかった」

「タリス……」

「なのに……レジウィーダが斬られた時も、魔界に落ちていった時も……動けなかったのよ」

「それは、オレも一緒だ」



力を使った反動で動けないヒースを除けば、一番彼女に近かったのはグレイだった。しかし自身も動けなかった。大きな"樹"を前に血を流し、倒れていく彼女の姿に脳が活動の全てを拒否するように手足を、思考を動かさせてはくれなかったのだ。



「魔界でオレ達より後にアイツが能力を使っておりてきて、今度こそ動かなきゃって思った。アイツを抱き起した時にさ、多分無意識に力を使ったのか。昔の記憶と重なって酷く怪我をしたアイツが映った」

「力って……いえ、それよりも思い出したの?」



驚いたようにタリスが問うと、グレイは首を横に振った。



「思い出したってより、映像を見させられてるようなモンだな。自分の中でイコールの感覚にはならない。今まで見てきた夢もそう。多分、これからもそう言うのがあるのなら、ずっとそのままだろうな」



根本を何とかしなくちゃ、変わる事はない。どんなに話を聞こうと、夢に見ようと、その記憶を自らの中に戻さなければ、いつまでも他人事の感覚なのだ。



「今まで見てきたモノもあまりにも断片的過ぎて未だにわからない事だらけなんだけどよ。ただ、凡そ無くしてるっぽい記憶は大体どの辺りかってのはわかってきたかな」

「そう、なのね………ねぇ陸也」



タリスは一瞬迷ったように目線を彷徨わせてから彼の名を呼んだ。



「貴方は………その無くした記憶を取り戻したいって思う?」



そう問うた彼女の声、表情は隠しきれない不安に満ちていた。何がそこまで彼女を不安にさせるのかはグレイにはわからなかったが、そんな彼女を安心させたくて、そっとタリスの手を取った。



「"今のオレ"の気持ちとしては何とも言えない。戻った方が良い部分もあるンだろうけど、正直、記憶を消すほどの事だったんだ。戻った後の事を考えると、ちょっと怖ェってのもあるな」



情けねェだろ?

そう言って苦笑すると、タリスは一度目を丸くした。それから泣きそうな顔をしながら同じように笑った。



「貴方が素直にそんな弱音を吐くなんてねぇ。でも、そうね………もう少し、時間をかけて考える必要があるわ。貴方も、そして私も」



それから小さく「ごめんね」と呟かれた言葉にグレイは聞こえないフリをして窓の外に視線を向けた。

.
/
<< Back
- ナノ -