A requiem to give to you- 気まぐれWIND(2/4) -
学校の帰り、桜の花弁が落ちてまるで絨毯のようになっている道を歩いていた。爽やかな春の陽気が気持ち良いこの時期、屋根の上に乗る猫や電柱の上に佇む鳥なんかにとって絶好の昼寝日和な事だろう。現にちょっと近くの家の屋根を見上げれば三毛猫が大きな欠伸をしているのが見える。ちょっと羨ましい。
新調してからまだ幾回と着ていない制服がまだ慣れず、軽く肩を動かす。早く帰って私服に着替えて寝ようなどと思いながら僕は歩く速度を速めた。
……しかし、
「聖ちゃああああああああんっ!!」
と、最早絶叫に近い大声を上げて抱き着いて来た奴がいた。そいつは三週間ほど前に行われた中学の卒業式以来に会う日谷 宙だった。思わず漏れる溜め息と共に首だけ振り返ると、やはりと言うか……宙は満面の笑顔で「はよっ!」と宣まった。
「……もう放課後なんだけど」
「細かい事は気にしない! それより久々だねー。卒業式以来?」
そうだね、と言いたかったが彼女の腕が首に食い込んで思うように声が出ない。離せと言う意味を込めて腕を軽く叩くと漸く解放してくれた。
「げほ……もう少し力加減を考えてくれよ」
只でさえ君の腕力はその辺の男子よりあるんだから、と言うと宙は苦笑して謝ってきた。そこで僕はふと彼女に違和感を感じた。
「君、髪染めたの?」
記憶に間違いがなければ彼女は三週間前まではくすんだ紅のような色の長い髪をしていた筈だ。それが何故か今は真っ黒で、しかも肩のところまでの長さしかない。
「あー、これウィッグなんだ!」
要するに鬘(かつら)か。鬘と言えば、禿げている人がそれを隠す為につける物だとばかり思っていたからちょっと新鮮な気持ちだった。それを彼女に言ってみたところ、頬を膨らませて憤慨してしまった。
「うわーひどーい。それってヘンケンって言うんだよ。世の中色んな理由で着けざるを得ない人だっているんだからな!」
「そ、そうか……いや、ごめん。軽率だったね」
確かに趣味で着けてる人もいればそうでない人もいるわけだ。あまり軽く言って良い事ではないのだろう。
「ん? でも君は何で着けてるんだ?」
「あたしは元々の髪の色が……アレでしょ? それに一応あたしンとこの学校は染髪禁止になってるんだよ」
だから仕方ないから着けてるの、と言う宙だが黒に染める気ないらしい。……とは言うもの、彼女と初めて出会った当初は黒髪だったのだから寧ろ染め直した方が良いのではとも思うのだが。……まぁ、彼女自身今の状態で納得しているのだからそれに僕がとやかく言う訳にもいかないのでそのままにしておく。
「それより、何か用があったんじゃないのか?」
話題を変えてそう言うと、宙は思い出したように両手をポンと叩くとどことなく嬉しそうに口を開いた。
「そうそう! 実はこの間駅前のお店ですっっごく良い物を見つけたんだ!」
「良い物?」
「うん。それであまりにも運命を感じてつい買っちゃったんだよね♪」
運命を感じるってどんなだ、とか思いながら宙が鞄から取り出した物を見て…………僕は一目散に逃げ出した。
「はい、ストーップ」
あっさり捕まった。元々走る事が殆ど出来ない為、当たり前と言えばそうなのだが。取り敢えず僕は必死な抵抗を試みた。
「冗談じゃないぞ! 絶対に嫌だからな!!」
「えーなんでだよー。君なら絶対に似合う!と思って買ったのにー」
「似合っても困る!」
「大丈夫! 君なら問題ないって!」
「大有りだ! そもそも何でソレなんだ!」
「何でって、只のメイド服だけど?」
それが大いに問題があると言っているのに……どうにも昔から彼女は人と感覚がずれている部分がある。
「ほら、ここ見て」
そう言って僕に示してきた所には「男女兼用」と言う文字が見えたがきっと気のせいだろう。と言うか、そんな物があって堪るか。僕は認めない。
「聖ちゃん……」
「そんな顔しても着ない物は着ない!」
「………フフッ」
断固として拒否をすると、突然彼女は不気味な笑い声を上げた。……どうやら余計なスイッチを入れたようだ。
「聖ちゃん。………イヤよイヤよも好きの内ってねーーーーーーーー!!」
「好きじゃねえええええええっ!!」
結論、宙と二人きりでいるのは大変危険である。
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