Rondo of madder and the scarlet
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【2/2】


『あ、宙? 今大丈夫?』



それは彼女の従姉妹からの電話だった。一身上の都合により三月末くらいから彼女の家に居候している。学校もこちらの町の高校に移るらしく、確か、こちらの実習初日が始業日だった筈だ。
しかし、そんな彼女は普段はかなりの引っ込み思案で、滅多に電話などもしてくる子ではない。声色からしてどことなくそわそわとしているようで、今すぐ伝えなければならない大切な話のようなので、目の前の彼に一言断りを入れて立ち上がり、部屋の隅の方へと移動して返事を返した。



「うん。大丈夫だよ。珍しいね、君から電話かけてくるなんて……なんかあった?」

『あ、えっと……ね。ウチの学校、今日から新学期だったんだけど……その時に、えっと……変わった人? に、会った』



どことなく疑問形で言われた言葉に首を傾げつつ「変わった人?」と言って返すと、従姉妹はうん、と頷いた。



『その人、行き倒れてて……家に帰れないみたいだったから、取り敢えず連れて帰ってきたの。あ、叔母さんは住んでも良いよって言ってくれてね、それで』

「あー……えーっと、少し落ち着こうか!」



いきなり出てきた突拍子も纏まりもない話に彼女は取り敢えず一旦話を切った。どうやら従姉妹は相当混乱している且つ、事態はかなりヤバいらしい。



「まず、その人はどうして行き倒れてたんだ? 次に何で家に連れ帰ってんの。それでどう言う経緯でウチに住む事になってるのかを教えてよ」

『あ、うん。ごめん……えっと、その人はね、今朝、学校に行く途中の公園で倒れていたの』

「公園って………中央公園? 大きな樹のある……?」

『うん』



その瞬間、彼女の頭の中に浮かんだのは彼女の住む町のシンボルとも言われる大きな樹のある公園だった。そこには異世界への扉があるとされ、町でも昔から神隠しの都市伝説があるとして有名な場所だ。

事情を知る者からすれば、その時点で大体の予想が付くのも難しくはなかった。



『最初は救急車か警察かな……って思ったんだけど、その人の話を聞いてたらちょっと違うなって思って』

「それで家に?」

『うん。それに多分……これって宙の方が詳しいんじゃないかなって思ったんだ』



そんな従姉妹の言葉にまたもや首を傾げる。そして次の瞬間、従姉妹の口から出たのは”彼女”が知る筈のない単語だった。



『オールドラントって、知ってる?』

「ぶはっ!?」



驚きのあまり思わず噴き出してしまった。近くでレポートを書いている彼が吃驚しながらこちらを凝視してきたが、それに気付く事なく彼女は今し方聞き取った単語の意味を考えた。
いや、考えるも何も………答えなど、一つしかないのだ。



「因みに、誰?」



頭の中に浮かぶいくつもの顔を思い出しがら問うと、直ぐに帰ってきた行き倒れの名前に思わず未だにこちらを伺っている彼を一瞥した。別に、他意はない……と思う。

それから従姉妹から行き倒れの現状について詳しく聞き、取り敢えず彼女が帰るまでは彼女の家に従姉妹と共に居候をするらしいとの事だった。そして面白い事好きの母は二つ返事でOKしたという事も聞き、通話を終えてから盛大な溜め息が出た。



「何か、大変そうだな」



何が大変だと言うのはわからないだろうが、何かを感じ取ったらしい彼がそう言うと彼女は元の席に着きながら「本当だよー」と顔を伏せた。しかし、その口元が楽しそうに上げられていたのを知る者はいない。

確かに大変かもしれない。それもかなりヤバいレベルで。でもまた一つ、周りが賑やかになる……そう思うと、楽しみで仕方なかった。



「早く、会いたいなぁ……」



思わずそう呟けば、「ホームシックかよ」とどこかズレたそんな言葉が、先程の電話の先で聞いた友人の名と同じ顔から返ってきたのだった。



2014.05.25
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