Rondo of madder and the scarlet
- 陽炎- heat waves - -

夏。蝉の鳴き声が辺りに響く中、ルークは屋上にいた。お昼も終わり、今は時間的に言えば4限目が始まるくらいで、入口の近くには丁度良い具合に影が出来ていた。そこにすっぽり収まるように座り込み、何となしに空を見上げた。
夏の空は他の季節に比べて、青みが強く見える。周りにある雲のせいでそう見えるだけなのかはわからないが、ただ一つわかった事がある。それは……






どの世界でも、空の色は変わらないと言う事。

嘗て屋敷に軟禁されていた頃はよくこうして空を見上げていた。だから春の空も夏の空も、秋、そして冬の空もよく知っている。
違う事があるのだとすれば、向こうにはあった無数の譜石が浮かんでない事。そして、今の自分の居る世界。


この世界に来てから三つの月が終わろうとしていた。世間ではもう直ぐ夏休みと言うこの国一番の大型休暇に入るらしい。
クラスではあちらこちらでどこへ行くかなどの談議がされていて、ルークも何人かに誘われたりもした。しかし興味はあれど、下手について行ってボロが出ては困るので、事情を知る茜や睦、陸也以外の人との関わりは、特に誰かに言われた訳ではないが気が付けば自主的に避けていた。

ふと、目線を下ろせば揺らめく陽炎を見つけた。それを見ながら大きく溜め息を吐いた。



(俺って、こんなだったっけ……)



昔はここまで他人の目を気にしてはいなかった筈だ。我が儘で、興味があれば形振り構わずに強行していた(その大半は失敗していた訳だが……)

そんな自分が変わる切っ掛けとなったのは、やはりあの旅だろう。屋敷の中しか知らなかった己を金色にも真っ黒にも色付かせたあの激動の旅。
ティアとはよく喧嘩をして、二人してガイに宥められていた。ジェイドに嫌味や嫌がらせをされて、アニスにはよく金をせびられて、イオンに苦笑されて、そこにナタリアが天然爆発の突拍子もない言動を始めたり…………それでも最後には笑い合って、楽しかった。
尊敬していた師匠とは結局最後まで分かり合えず、剣を交えた。結果自分達の勝利と終わった。しかし世界に溢れていた障気を消し去る程の力を使った己の体はボロボロで、残った最後の力を使い、ローレライを解放した。

目の前にある陽炎は何だかあの時に見たローレライの様に形なく揺れていた。いや、アレは一応ゆらゆらと揺れているだけで形だけはあったのかも知れない。
ローレライが現れてから程なくして、崩れゆく栄光と共に落ちてきたアッシュを抱えたルークは光に包まれた。それは己の残った生命が消えた物だったのか、はたまた別の物だったのかはわからない……。











「オイ、そこの熱中症予備軍」



不意にそんな声が聞こえると同時に、頭に何か冷たい物が乗せられた。驚いて頭に手をやりソレを取ってみると、口の開いていない真新しいペットボトルだった。



「こんな猛暑日にわざわざ屋上に来るなんて……よっぽど死にてェのか、ただの馬鹿なのかわかんねーな」



そう悪態を吐いて自分の飲み物を飲み始めたのは陸也だった。呆然とその様子を見上げていると、それに気付いた陸也は「飲まないなら金返せ」と睨みつけてきた。それから慌ててポ●リスエットと書かれているソレを開けて飲むと、一気に目が覚めるような冷たさに刺激され、思わず体を震わした。



「冷てぇ……」

「そりゃ、今さっき購買でガンガンに冷えたのを買ったからな」



でも少しはスッキリしただろう、なんて言う陸也に「お陰様で」と返した。



「て、言うかよく俺がここにいるってわかったな」



何となくそう聞くと何故か不機嫌そうに顔を歪められてしまった。



「鴇崎が探しに来たンだよ。教室にいないから知らないかとか言って、わざわざオレを見つけてまでな」



その言い方からして、彼はまたどこかでサボっていたらしい。昼寝の邪魔をされて、あまりにも煩いから仕方なく自分を捜してくれたとの事らしい。
しかし陸也もどこで隠れていたかは知らないが、屋上にいる自分よりも見つけにくいだろう彼を先に見つけてしまう辺り、何だか茜らしいと思ったのは秘密だ。



「え、と……なんか、悪かったな。ありがとう」

「別に礼なんて良いから、さっさと行ってやれ」



グイッと親指で校舎への入口を指す陸也にルークは立ち上がるともう一度だけお礼を言って、今もまだ自分を捜しているだろう少女の元へと急いだ。



2012.8.19
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