call me.7 | ナノ



『白くん…。ごめんね、疲れてるんだ』

困ったような声音で言われた言葉。
ミツルさんの元を走り去ってからも、その言葉は、追いかけてくるように何度も何度も頭の中で繰り返されて。
それから逃げるように無我夢中で歩き回っているうちに、気がつけば駅前の繁華街へと来ていた。
人、こんなに多いんだ…。普段、一人で出歩くことなんてない時間。23時を過ぎているというのに、お店の光で明るい街に、お酒が入っているからか賑やかで楽しげな人達。
暗い住宅街を歩くのも怖かったけれど、ここもなんだか怖い、な。

「ミツル、さん…」

無意識に大好きな人の名前を呼んでいた。
困らせたいわけじゃなかった。
疲れさせたいわけじゃなかった。
ただ、ミツルさんのことが大好きだって、ミツルさんと一緒にいたいって。
そう、伝えられればそれで良かった。
ーーそれなのに、どうして一人でこんなところにいるんだろう。
楽しそうに騒ぐ人達の溢れる街中を、一人でとぼとぼ歩く自分はひどく滑稽な気がして。そんなことを考えていれば、視界がぼやけてきた。
人がいっぱいなのに恥ずかしいや。そう思って必死に手の甲で拭うけれど、一度溢れ出したそれは止まる気配がなくて。
僕は、人を避けるように路地裏へと逃げ込んだ。

「っ、うっ…く……ツルさぁ…っ」

人の目がなくなったことで、涙は止まるどころか更に酷く溢れてきて。嗚咽を抑えることもできずに、僕はその場で膝を抱えてしゃがみこむ。
狭い路地裏に自身の嗚咽が響く。ただただ、胸が苦しかった。




ーーどのくらい、そうやっていたのだろう。

「なーに泣いてんの?」

不意にかけられた聞き覚えのない声に、僕ははっと顔を上げた。

「っ!?」

誰? 見上げた先には、にやけた顔の三人の男の姿。側にいるだけで、どれだけ飲んだのかわからないくらい、きついお酒の臭いがした。

「こんなとこで何泣いてるの? 誰かにイジメられた?」

「お兄さん達が慰めてやるよ」

「ぁ… 」

この人達に関わったら危ない。本能的に感じた危険信号に、僕はよろよろと立ち上がれば伸ばされる手から逃れるように、一歩二歩と後ろへと後ずさる。
けれど、僕が逃げ出すよりも早く男達の一人に腕を掴まれ捕らえられてしまった。

「どこ行くの? 一人でフラフラしてたら危ないだろ」

「や…離してっ」

逃れようとするけれど、強く掴まれた腕は振りほどけなくて。
抵抗する僕に、不機嫌そうな声が漏らされる。

「何逃げようとしてんだよ?」

「ガキのくせにこんな時間に出歩いて、いけないよなぁ」

どうしよう、逃げなきゃ。本格的に危険な雰囲気に、無意識に更に後ずさるけれど、掴まれた手を解くことは出来ないままで。気が付けば逃げ場のない壁際に追い込まれてしまっていた。

「そうだな。おい、お仕置きしてやろうぜ」

「良いな、悪い子にはお仕置きしねぇと」

男達の蔑むような笑いに、身体の震えが止まらなくなる。

「……ルさ……けて…」

助けて。そう呼んだのは、ここにいる筈もない大好きな人の名前。
ミツルさんがここに来る筈なんてないのはわかっていたけれど。それでも、助けを求める人なんて、ミツルさんしかいなくて。ミツルさんにしか来てほしくなくて。

「たす、けて…」

もう一度、消えそうな声で呟いたその時だった。

「白っ!!」

ーー嘘。
聞こえてきたのは、ここにいる筈のない大好きな人の声。

「白!!」

もう一度呼ばれた名前。自身を取り囲む男達の向こうに見えたのは、紛れもなくミツルさんの姿で。

「ミツルさ…っ」

危険な状況には変わりないけれど。ミツルさんが来てくれた安堵で、一気に涙が溢れる。
けれど、ミツルさんの出現に男達の機嫌は更に悪くなったようで、苛々とした様子でミツルさんを睨みつけた。

「なんだお前、うっせぇな…」

「怪我したくなかったらどっか行けよ」

低く凄みを効かせた声音に、僕はびくりと身体を震わせる。
どうしよう。僕のせいで、ミツルさんが危ない。逃げて、ミツルさん。逃げて。
けれど、ミツルさんは男達の脅しを気にする様子もなく、こちらへ近づいてくる。

「ーーその子、離してもらえますか?」

すぐ側まで来たミツルさんの口から出たのは、もう一人のミツルさんかと思うような低く冷たい声で。僕は、何も言えずに息を飲んだ。

「なんだよお前?」

男の声にも苛立ちが増す。
だが、ミツルさんはそんな男達の言葉を聞くこともせず、僕の腕を掴んでいた男の手を強い力で引き離すと、僕を自身の胸元へと引き寄せた。

「俺の恋人です。返してもらう」

はっきりとした口調で言われた言葉。その言葉に、危険な状況の真っ只中だというのに、重くのしかかっていた不安が一気に拭い取られるのを感じた。

「白、おいで。…走るよ」

耳元で囁かれた言葉にこくりと頷く。
次の瞬間、ミツルさんに手を引かれ、二人でその場から逃げるように走り出した。

「おい待て、この野郎っ!!」

後ろから追いかけてくる怒声に、必死に走る。
走るのが苦手とかそんなこと言える状況なわけでもなく、ミツルさんに引きずられるようにして、縺れそうになる足を必死に動かした。




ーー男達が酔っていたおかげだろう。
なんとか追いかけてくる男達を振りきった僕とミツルさんは、いつもの公園まで来てやっと足を止めた。
もう大丈夫なんだ。そう安堵した瞬間、僕はその場にへたり込んでしまった。
走り慣れていない足がガクガクと震える。そんな僕の様子に、慌てた様子のミツルさんが、目の前に膝をつき、僕の顔を覗き込んだ。

「大丈夫っ!? 痛いところはない!? 何もされてない!?」

僕の両肩を掴んで、必死な声音で矢継ぎ早に聞くミツルさん。
そんなミツルさんの様子に、僕は圧倒されながらもなんとか頷く。

「だい、じょーぶ」

「っ、良かった…」

ミツルさんの顔に安堵の表情が浮かんだと思った瞬間、僕はミツルさんの胸の中に力強く抱きしめられていた。加減をする余裕もないそれは痛いくらいで。
暫くそうやって抱きしめられていれば、ミツルさんの身体も震えていることに気づいた。

「ミツルさ、僕ーー」

「どうしてこんな危ないことをするの!?」

口を開いた僕の言葉は、ミツルさんの怒鳴り声にかき消された。
抱きしめてられていた身体が引き剥がされたと思えば、真剣な顔のミツルさんが、僕の両肩を強く掴み、揺さぶるようにしながら怒鳴る。

「こんな時間に一人であんなところをふらついて! もし俺が見つけられなかったら、どんな目に遭わされていたかわかってる!?」

「ぁ…」

本当に、心配させてしまったんだ。
いつも優しいミツルさんが本気で怒る姿に、自分が大変なことをしてしまったのだと気がついた。

「ごめなさ…」

消えそうな声で言った謝罪の言葉は、ミツルさんの胸に押し付けられて消える。

「白の馬鹿…馬鹿、本当に……」

無事を確認するかのように、抱きしめながら僕を撫でる手と、泣きそうな声で繰り返し呟かれる言葉。
それに耐えきれずに、僕は声を上げて泣き出した。

「ミツルさぁっ、ごめ、なさい、ごめんなさいっ…」

「白…」

「僕、もういらないんだって…、ミツルさっ、僕のせいで疲れてて…っ、だから、僕のこと嫌いになったんだってーー」

嗚咽交じりにそこまで言ったところで、再び強く抱きしめられて、それ以上何も言えなくなる。

「本当に馬鹿だね、いらなくなるわけないでしょう? こんなに、愛おしいのに…」

「ミツル、さん…」

どうしようもないくらい優しい声音で言われた言葉に、更に涙が溢れそうになった。
そんな僕に、ミツルさんは暫し悩むように黙り込んだあと、ゆっくりと口を開いた。

「ーー俺もごめん。白くんが不安に感じてたのはわかってたよ。…家に来たがってたのも、わかってた」

「……」

静かに紡がれる言葉。僕は、ただ黙ってその言葉に耳を傾ける。

「わかっていたけれど、それに応えるのが怖かったんだ。僕が白くんを大切に想えば想うほど、あいつは白くんを傷つけようとする筈だから。そう思えば、白くんから離れた方が良いと思ったけれど、できなかった…。傷つけるかもしれないとわかっていても、手放したくなかったんだ」

「ミツルさん…」

そっと抱きしめていたミツルさんの身体が離れて、そろそろと顔を上げれば、泣きそうな笑みを浮かべながら僕を見つめるミツルさんと目が合った。

「白くん、君が好きだからだよ」

「ぁ…」

「君が好きだから、君のためには離れた方が良いのがわかっていても、離れられなかった。ごめんね…」

謝らないで。僕の想いを伝えたくて、僕はミツルさんの背中に両腕を回した。

「僕も、ミツルさんと一緒が良いよ。離れたくないよ」

僕よりずっと広い背中を、ミツルさんがしてくれたように、必死に抱きしめる。

「もう一人のミツルさんに傷付けられるよりも、ミツルさんと一緒にいられない方がずっと痛いよ」

「白くん…」

精一杯伝えた言葉。
少しの沈黙のあと、僕は再びミツルさんの胸に抱きしめられていた。

「…うん、一緒にいよう」




ーーすっかり涙も乾いてしまった頃。
ミツルさんが、ゆっくりと僕を抱きしめていた腕を解いた。

「…すっかり遅くなっちゃったね。今度こそ送っていくよ」

「うん」

照れ臭げに笑いながら言われた言葉に、今度は素直に頷く。

「白くん、おいで」

先に立ち上がったミツルさんに、手を差し伸べながら名前を呼ばれると、僕は少し悩んだあとに口を開いた。

「…ね、ミツルさん」

「ん?」

頷いた筈なのに手を取ろうとしない僕に、ミツルさんが首を傾げる。
そんなミツルさんに、僕は一つのお願いを口にした。

「……さっきみたいに呼んで? 白、って」

知り合ってからずっと“くん”付けで呼ばれていたけれど。さっき“白”と呼ばれたのは、どこか擽ったいけれど、ミツルさんとの距離が少し縮まったみたいで嬉しくて。

「あ…」

僕のお願いに、ミツルさんは僅かに顔を赤らめると気まずげに視線を逸らす。

「あれは、その、勢いで呼んじゃったんだけど…」

「…駄目?」

勢いでもなんでも嬉しかったんだけどな。そう思いながら、もう一度伺えば、敵わないなというように笑ったミツルさんが、もう一度僕に手を差し伸べながら口を開いた。

「ーー白、おいで」

今までと違う呼び方。
それが擽ったくて、どこか嬉しい。

「うんっ」

僕ははにかみながら頷けば、大好きな人の手を取ったーー。






fin.




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