ギシリと軋んだベッドに、隅っこで微睡んでいた僕はゆっくりと瞼を開けた。
ぼんやりと見上げれば、風呂上がりでまだ少し髪の濡れた恋人ーー司狼さんの姿。
「悪い、起こしたか」
少し無愛想な深みのある声でそう言われ、僕は頭を振った。
「…んん、大丈夫です」
「そうか」
愛想のない顔が僅かに和らいだかと思えば、くしゃりと髪を撫でられて、僕も釣られたようにはにかんだ。
「…ね、司狼さん、ぎゅってして?」
隣に横になった相手の腕を、控えめに引いて強請ってみる。
黙り込む相手の眉間に寄せられたしわ。それを、ダメかなぁと返事を待ちながらじっと見つめていれば、根負けしたように司狼さんがため息を着いた。
「はぁ…もう少しこっちに来い」
「はい」
不機嫌そうに言われた了承の言葉に、笑みを浮かべて頷けば、僕はゆるゆると移動し、その腕の中へと飛び込んだ。
胸元に顔を埋めるようにして腕の中へと収まれば、司狼さんの両腕が僕の腰へと回りしっかりと抱きしめられる。
「ーーこれで良いか?」
「…ありがとうございます」
司狼さんに抱きしめられるのが好きだ。
苦しくはないけれど、腕の中から逃げられないくらいの力加減。
相手の身体に、自分の身体がぴたりと添うように抱きしめられれば、司狼さんと一つになったみたいに感じて安心する。服越しに伝わる温もりと聴こえてくる心音が心地良くて、僕はほっと息をついた。
「僕、司狼さんにぎゅってしてもらうの、好きです」
胸元に擦り寄りながらそう言えば、司狼さんの身体が固まった。
それから少しして、
「…そうか」
と、無愛想な返事が返ってくる。
それがなんだか面白くて、僕はクスクスと笑って言葉を続けた。
「うん。あったかくてね、ほっとする」
そう言って少し顔を上げて司狼さんを見上げてみる。そこには、照れを隠すような仏頂面の司狼さんがいた。
取れなくなるんじゃないかと心配になるくらい寄せられた眉間のしわと、壁を睨み付ける鋭い眼光。なんだかとても怖い顔をしている。
「何見てるんだ」
それが面白くて、またクスクス笑えば、見られていることに気付いた司狼さんに、無理矢理その胸元へと顔を押し付けられた。それが照れてるんだろうなとわかるから、なんだかちょっと可愛くて、愛おしく感じてしまう。
「見てないですよっ」
「嘘つけ」
そう言って更に強く押し付けられて、僕は更に笑ってしまった。
ーー司狼さんはヤクザだ。多分、世間一般的には怖い人なんだろう。
僕が司狼さんを怖いと感じないのは、危ないところを助けてくれたのが司狼さんだったからなのか。それとも、単に司狼さんが恋人だからなのか。
そんなことを考えていれば、恋人になる前から怖くなかったなぁ、と思い出した。確かに、部下の人達や他の組のヤクザの人達と対面した時の、僕の前では滅多に見せない冷ややかな空気を纏う司狼さんは少し怖かったけれど。
けれど、やっぱり僕にとっての司狼さんは、優しくて、傍にいると安心する人だ。
「ーー司狼さん、キスしてください」
もう一度強請ってみれば、僕を抱きしめる司狼さんの腕に力がこもった。少しだけ、痛い。
「晴……」
何かを堪えるような、熱のこもった声。それに、僕はもう一度強請る。
「駄目ですか?」
「……」
黙り込む司狼さんに、僕は強い腕の力に抗って相手を見上げると、さっきよりももっと眉間のしわを深くする司狼さんの姿があった。
「しろ……っ」
もう一度名前を呼ぼうとするけれど。名前を言うよりも先にぐるりと変わった視界と、上から見下ろす司狼さんの姿に瞳を見開く。
「……煽ったのはお前だからな、晴」
少し掠れた低い声音と熱のこもった視線に、言葉をなくした。その次の瞬間には覆い被さられ、噛みつくように唇を奪われる。
「んっ……ふ…」
広い背中に両腕を回して、激しいそれに必死に応えているうちに、次第に激しさが和らいで。それでも口づけが終わることはなく、変わらずに唇を食まれる。
穏やかに、けれど終わりなく続くそれに、僕はいつしか夢中になって応えていた。
「はァ……ろう、さッ…」
司狼さんに、キスされるのが好きだ。
激しいけれど、優しくて。僕の全部を奪われてしまいそうなその感覚が、すごく好きだ。
唇を食まれるだけだったそれが、いつしかまた激しさを増して。口内に割り込んできた舌先に自身の舌が絡み取られる。舐められ、吸われ、優しく噛まれるその感覚に、身体が熱に侵されて、頭がぼんやりとしてくるのを感じた。
「晴……ッ」
「ァ…んッ……」
キスに応えながら、思考が鈍くなる。最後に残ったのは幸せだという事実と、愛され守られているという安心感。
心が満たされていくのと同時に、少しずつ意識が薄れていくのを感じた。
ね、司狼さん。大好きですーー。
恋人に強請られ、不承不承に始めたキスも、しているうちに夢中になっていく。
背中に回され、自身にしがみついて必死に応えようとする健気な姿に、気がつけば下半身に熱が宿っていた。
「晴……ッ」
自身の腰に当たる、晴の熱に手を伸ばそうとしたその時。
不意に力強く抱きついていた晴の腕から力が抜けていくのを感じて、嫌な予感に瞳を開いた。
そこには、先程まで激しい口づけを交わしていたとは思えない、幸せそうな幼い寝顔。
「はぁー」
案の定のその姿に、俺は盛大なため息をついた。
いつもこうだ。抱きしめ、キスをすれば喜ぶくせに、こちらに熱が宿り先へ進もうかとする頃には、満足したかのようにぐっすり寝落ちてしまう。
無理矢理抱いてしまおうかと思ったことは何度もあった。だが、こんな安心しきった寝顔を見せられてしまえば、結局そんな考えもすぐに消えてしまうわけで。
ーー大概、この年下の恋人に弱いなと思う。
これが惚れた弱みというものなのか。
「……ガキ」
暫しぐっすりと眠る晴の寝顔を眺めたあと、もう一度ため息をつけば、その頭を軽く叩いて身体を起こした。
ぐっすりと眠る愛しい恋人を残し、一人ベッドを出る。
すっかり冴えてしまった頭と、熱の引く気配のない下半身。
酒でも飲まなけば、今夜も眠れる気がしないーー。
狼の元で兎は優しい夢に落ちる。