call me.2 | ナノ



自室のベッドの上。ごろごろと寝返りを打ちながら窓の外を見れば、先程までの青空はオレンジ色に染まっていた。
枕元に転がしてあるスマホの画面を何度もつけて見るけれど、新着メールを知らせる通知は未だ鳴る気配はなくて。僕は、今日何度目かの溜め息を漏らした。

“お昼ご飯食べたよ”

昼過ぎにそう送ったメールには、一時間程経ってから、

“偉いね。夜ご飯も食べようね”

とだけ返事が帰ってきた。
それから、話すことを必死に探して、

“ベランダに鳩がきたよ”

と送ったけれど、それは見てもらえたかもわからないまま、返事は帰ってきていない。
ミツルさんは仕事中なんだから…。
そう自分を言い聞かせながら、もう一度スマホの画面を見るけれど。やっぱり通知はなくて。僕はスマホを後ろへぽいと放れば、また一つ溜め息をこぼした。

ーー僕だけが、ミツルさんのことを好きみたい。

いっぱい話をしたいのも、いっぱい一緒にいたいのも、ぎゅって抱きしめて欲しいのも…全部、僕だけみたい。そんなことを思えば、胸がどうしようもなく苦しくなって、僕は膝を抱えて丸くなった。
ミツルさんは優しい。僕のことを大切にしてくれているのもわかっている。だけど、たまに不安で苦しくなる。

ーー原因はなんとなくわかっていた。
一つは、気持ちが通じ合ったあの日以来、ミツルさんの部屋に入れてもらえないこと。


『僕、ミツルさんの家に行きたい』

三回目のデートの時だ。
どこに行こうか? とミツルさんに聞かれて僕はそう答えた。
一緒に出掛けるのも楽しいけれど、外は人が多くて疲れてしまうし、それよりももっと、ミツルさんと二人だけでのんびり過ごしたかったから。
だけど、いつもは僕のしたいようにさせてくれることの多いミツルさんが、その時だけは困ったような笑みを浮かべて、首を横に振った。

『…それは、また今度ね』

どうして? と言っても、ミツルさんは答えてくれなくて。それでも、僕が何度も“どうして”を繰り返していれば、

『危ないからだよ』

と、一言だけ、ぽつりと漏らした。
ミツルさんが、僕がもう一人のミツルさんに暴力を受けたことを気にしているのはわかっていたから、それ以上は何も言えなくて。
それから何度ももう一度言おうと思っても、それに勘付いたミツルさんに話を逸らされてしまって、言えないままだ。


ーーそして、僕の不安のもう一つの原因。
ミツルさんが、抱きしめてくれないこと。

ミツルさんが『好きだよ』って言ってくれた時の腕の中の温かさは、今でも覚えてる。
温かくて、力強くて、だけど優しくて、すごく幸せだった。
けれど、ミツルさんが僕を抱きしめてくれたのはあの日の一度きりだ。
手を繋いだり頭を撫でてはくれるのに、あの時のように抱きしめてくれることはなかった。

ーー僕はもっとミツルさんに触ってほしいのに。




いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
繰り返し鳴るスマホの着信音で、僕ははっと目が覚めた。
ミツルさんだけに特別に設定した着信メロディ。優しいメロディが鳴り止む前にと、慌てて通話ボタンを押して耳に押し当てれば、少しほっとしたようなミツルさんの声が耳に届いた。

『白くん? 遅くなってごめんね』

「ううん、大丈夫」

そう返しながら時計を見れば、針は21時を指そうとしていて。自分が大分長い間寝ていたことに気付いた。

『これから向かいに行くよ。ご飯は食べた?』

優しい声で言われた言葉に喜ぶも、ご飯のことを問われれば言葉に詰まる。

「あっ、まだ…」

ご飯を食べるのが、散歩に行くための約束だったのに…。
約束破ったから、だめって言われたらどうしよう。僕が不安に口を噤んでしまうと、暫くしてから、ミツルさんの困ったような苦笑交じりの声が聞こえた。

『仕方ないね。ーー15分程で行くから、準備しておいてね』

「!! うんっ」

ミツルさんに会える! わかりやすくトーンの上がった僕の声に、ミツルさんが笑いを漏らすのが聞こえた。恥ずかしくなったけれど、今更遅くて。

『それじゃあ、着いたらまた連絡するよ』

そう言うミツルさんに、わかったと答えて電話を切った。





「白くん、おまたせ」

そう言って迎えに来たミツルさんの手には、コンビニ袋が下がっていた。
住宅街をふらふらと歩き回るわけにもいかなくて、ミツルさんと二人、手を繋いで僕の家の近くにある公園へと向かう。灯りに照らされたベンチに二人で並んで座ると、ミツルさんはコンビニ袋からオムライスのおにぎりを取り出して、僕にくれた。

「ちょっと時間が遅いけど、食べないよりは、ね」

「ありがとう」

そう言って笑うミツルさんの優しさが嬉しくて。僕ははにかみながら受け取ると、ゆっくりとビニールを剥いて、おにぎりを頬張った。

「…ご飯、きちんと食べて待ってるつもりだったんだよ」

一口、二口と食べてから、ぽつりと言った。そんな僕に、ミツルさんは微笑みを浮かべたまま頷く。

「うん」

「けど、気付いたら寝ちゃってて、起きたらあんな時間で…」

ミツルさんとの約束を破るつもりはなかった。きちんと約束を守りたかった。
ミツルさんが怒っていないのはわかっていたけれど、そう話す僕の顔は、思った以上に真剣だったみたいで。ミツルさんはわかっているよ、と言うように僕の頭をぽんぽんと撫でれば、笑いながら言った。

「うん、電話の声、ちょっと眠そうだった」

「あ…」

寝起きの声を指摘されれば、少し照れ臭くなって視線を逸らす。それでも、ご飯を食べれなかった理由を伝えられたことでどこかほっとして、僕は再びおにぎりを頬張った。
二人で並んでベンチに座って、おにぎりを食べて。
ー一緒に公園でお昼ご飯を食べてた時みたいだな。

「ーーこうやって公園でご飯食べるの、ちょっと懐かしいね」

僕も思っていたことをミツルさんに言われて、こくりと頷く。同じことを考えていたのが、なんだか照れ臭くて嬉しかった。

「おにぎり食べたら、シュークリームもあげるよ」

楽しげに笑いながら言われた言葉に僕ははにかみながら頷いた。
ミツルさんが僕のために買ってきてくれたもの。そう思えば、おにぎりもシュークリームも、ぺろりと平らげてしまえた。
昼間の熱がすっかり冷えた夜の公園は涼しい。虫の鳴き声を聴きながら、僕とミツルさんはベンチにかけたまま、再び手を繋いだ。夜風が心地良かった。
ーーもっと、ミツルさんに触りたいな。

「…ミツルさん」

ぽつりと名前を呼べば、ミツルさんは繋いだ手をぎゅっと握り返しながら答えてくれた。

「なぁに」

「……」

僕はその声には答えないで、隣に座るミツルさんの肩に頭を預ける。ミツルさんの身体が僅かに強張ったかと思うと、すぐに戸惑うような声がかけられた。

「白くん? どう、したの?」

「ミツルさん……ぎゅってして?」

繋ぐ手に力を込めながら言ったその言葉は、囁くように小さく、震えていて。そんな自分の声に恥ずかしさが増し、真っ赤になった顔を隠すようにミツルさんの肩口に顔を埋めた。

「白、くん…」

躊躇うような、ミツルさんの声。僕は、それ以上言葉にできなくて。それでも、少しでも気持ちが伝わるようにと、あいている片腕でミツルさんの腕にぎゅっと抱き着く。だけど、ミツルさんはなかなか応えてはくれなくて。

「ね、ミツルさん…」

どうして、何も言ってくれないの? そのままいれば、不安に潰されてしまいそうで。もう一度名前を呼べば、ミツルさんの手がそっと僕の肩に触れた。繋いでいた手が離されたかと思うと、胸の中に抱き込まれる。

「ーー白くん、好きだよ」

「…うんっ」

良かった。ミツルさんは、僕のことを好きでいてくれている。優しい腕のぬくもりと大好きな匂いに包まれて、ほっと身体の力が抜けるのを感じた。

「僕もすき。ミツルさんが、すき」

「うん」

ミツルさんの首に両腕を回して必死にしがみつくように抱きつけば、ミツルさんは大丈夫だよと言うように、背中を優しく撫でてくれる。それが、とても心地よくて幸せだった。

「ーーごめんね」

「…ぇ?」

小さな声で漏らされた言葉が、聞き取れなくて。
なんて言ったの? そう聞こうと思って顔を上げる。一瞬切なげに歪められた顔が見えた気がしたけれど、僕が言葉にするよりも先に、いつもの優しい笑顔へと戻った。

「ミツーー」

「ごめんね、大分遅くなっちゃったね。送っていくよ」

そう言われた言葉は、さっき聞き取れなかった言葉とは違った気がして。けれど、聞き返すよりも先に、おしまい、というように背中をぽんぽんと叩いて身体を離されれば、それ以上聞けなくなった。

「帰りたくないな…」

思わず漏らしてしまった不満に、ミツルさんが困ったように笑って僕の頭を優しく叩いた。

「だーめ。ご両親が帰ってきたら心配するでしょう」

「別に大丈夫だよ」

僕の親が帰ってくるのが遅いのも、帰ってこない日があるのっだって知ってるくせに。むっと口を尖らせる僕に、ミツルさんが全然怖くない顔でだめ、と言った。

「危ないから、だめだよ」

僕がそれ以上反論するよりも先に、ミツルさんがベンチから腰を上げて、僕に手を差し出す。

「…わかった」

渋々、差し出された手を取り腰を上げると、ミツルさんがほっとした表情を浮かべた。そんな顔を見せられてしまえば、それ以上反論することなんてできなかった。

「…明日は、忙しい?」

別れ際のいつもの言葉。その言葉にふっと笑ってから、ミツルさんは優しく僕の頭を撫でながら言う。

「ごめんね。…だけど、電話するよ」

「うん」

明日は会えない…。俯いてしまった僕に、ミツルさんは宥めるように僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「明後日の土曜日はまた出かけよう? どこに行きたいか考えておいで」

ね? と優しく笑いながら顔を覗き込まれて、僕はこくりと頷く。
明日一日我慢すれば、明後日はまたミツルさんと一緒にいられる。

「いいこ」

もう一度頭を撫でられ、促されるように優しく手を引かれれば、僕はゆっくりと歩きだした。

抱きしめてもらって、好きだよって言ってもらえて安心した筈なのに。
拭い取れない不安は、何故かまた少し大きくなった気がしたーー。






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