whiteout.8 | ナノ




いつのまにか、ミツルさんの腕の中で微睡んでいたらしい。
僕は肌寒さを感じて目が覚めた。くしゅんとしたくしゃみに、優しい声が降ってくる。

「寒い?」

僕を膝の間に抱き込みながら、ヘッドボードに寄りかかっていたミツルさんに心配げな表情で覗き込まれて、僕は安心させるようにはにかんで、胸元に擦り寄る。

「…ん、ちょっとだけ」

甘えるような僕の仕草に、ミツルさんはほっとしたように微笑を浮かべれば、一緒に被っていた毛布を少し上に引き上げ、しっかりと包み込んでくれた。

「雪が降ってきたからね」

「…ゆき?」

そう言ったミツルさんの視線の先を追いかければ、窓の外に見える静かに降る雪。

「白が起きる少し前に降り始めたんだよ」

「真っ白だ…」

冬は寒いからあんまり好きじゃないけど、雪は綺麗だな。落ちていく雪をじっと見つめている僕の髪を、ミツルさんが優しく撫でた。

「きっと、今年最後の雪だね」

「うん」

もう、二月も終わりだ。きっと、この雪が溶ける頃には春がすぐそこまでやってきているだろう。
ミツルさんと過ごす、二度目の春。

「…夢、見てた」

ふと、微睡みながら見ていた夢のことを思い出して、ぽつりと呟いた。

「夢? どんなの?」

僕の顔を覗き込みながら、優しく聞いてくれるミツルさんに、ゆっくりと話した。

「初めて会った時の夢。ミツルさん、缶コーヒー買ってくれたの」

もう、一年半も前のことだ。僕の言葉に、ミツルさんは驚いたように目を見開いて、そしてその時のことを思い返すように優しく微笑んだ。

「…懐かしいな。白、コーヒー嫌いなのにね。不味そうな顔しながら頑張って飲んでた」

クスクス笑うミツルさんに、僕は照れ臭くなって視線を逸らす。

「だって、ミツルさんがくれたから…」

「うん、あの時もそう言って頑張ってくれたんだよね」

ミツルさんが幸せそうに呟く。だけど、僕はあの時のことで少しだけ不満があるから、むっと唇を尖らせてぽつりと漏らした。

「…けど、結局全部飲めなかったし」

「あれは僕が飲みたかったから分けてもらったんだよ」

ミツルさんに初めてもらったコーヒーはミルクも砂糖も入っていたけれど、それでもやっぱり苦くって。

『ボタン押し間違えちゃったんだ。飲むの手伝ってくれないかな』

暫くしてから、そう言ってココアの缶を差し出してきたミツルさんは、代わりにコーヒーを分けて、と残っていた分を全部飲んでくれた。

「頑張って飲もうとしてくれて、嬉しかったよ」

「…ん」

こんな風に優しく甘やかしてくれるから、ほかに何も言えなくなる。
恥ずかしいけれど、それでも嬉しいと、好きだと伝えたくて、ミツルさんの胸元に頬を摺り寄せた。そんな僕をミツルさんは大切そうに優しく撫でてくれる。
暫くそうやってお互いの温もりを感じていると、ミツルさんがぽつりと言った。

「ーーあの時、缶コーヒーなんてあげなければ、白は幸せでいられたのかな」

ミツルさんの手が、僕の長い髪をよけて首に残る赤い痕を撫でた。
きっと、痛そうな悲しい顔をしている。それが、わかるから、僕も悲しくなる。
僕を好きだと言ってくれたミツルさんが、未だに僕の傍にいるべきじゃないと考えているのは、言葉にされなくてもわかっていた。
ーーミツルさんは、僕のことを誰よりもわかってくれているのに、一番大切なことだけ、わかってくれないんだ。

「僕は、ミツルさんと一緒じゃないと、幸せじゃない」

はっきりとそう言って振り向けば、そこには泣きそうな顔のミツルさん。
身体を捻り、ミツルさんの両頬を包めば、ミツルさんの唇にそっと口付ける。
そんなこと言わないで。僕には、ミツルさんと一緒にいることが、一番の幸せなんだから。

「白…」

ぐっと身体を抱きしめられたと思えば、離れようとした唇を追いかけられ、更に深く口付けられた。唇を割って入ってきた舌に応えようと、必死に自らの舌を絡め返す。
抱きしめ合っているミツルさんの鼓動と自分の鼓動が早くなって、息が上がった。

「白、白…愛してるよ」

長い口付けで、くたりと力の抜けた身体を預ければ、ミツルさんはしっかりと僕を抱き支えながら、額に、瞼に、頬に、たくさんのキスをくれる。
恥ずかしくて、だけどとても幸せで。
僕も大好きだよ、愛してるよ。そう伝えるように擦り寄れば、ミツルさんの頬にキスを返した。

「…ぁ」

甘やかな幸せな雰囲気の中。僕は、ふと視界の隅に映った真っ白い景色に気付き、窓の外を見た。優しく降っていた雪は、いつの間にか先なんて見えないくらいの吹雪へと変わっていた。

「ーーホワイトアウト、って言うんだって」

一緒に外を見ていたミツルさんが、ぽつりと呟いた。

「え?」

「雪でね、足元も太陽も、何も見えなくなることをそういうらしいんだ。ーーふと思い出したよ」

「へぇ」

足元も、太陽も見えない世界。

「ミツルさん…」

不意に恋しくなって、未だ窓の外に視線を向けていたミツルさんを呼んだ。

「ん?」

なぁに、と優しく微笑んでくれるミツルさんの唇に、僕はもう一度口付ける。

「だいすき…」

どこに向かえば良いかもわからないような、真っ白な世界。
それは、僕とミツルさんにぴったりな気がして。

そんな世界が少しだけ怖くて、とても愛おしく感じたーー。






fin.






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