いつのまにか、ミツルさんの腕の中で微睡んでいたらしい。
僕は肌寒さを感じて目が覚めた。くしゅんとしたくしゃみに、優しい声が降ってくる。
「寒い?」
僕を膝の間に抱き込みながら、ヘッドボードに寄りかかっていたミツルさんに心配げな表情で覗き込まれて、僕は安心させるようにはにかんで、胸元に擦り寄る。
「…ん、ちょっとだけ」
甘えるような僕の仕草に、ミツルさんはほっとしたように微笑を浮かべれば、一緒に被っていた毛布を少し上に引き上げ、しっかりと包み込んでくれた。
「雪が降ってきたからね」
「…ゆき?」
そう言ったミツルさんの視線の先を追いかければ、窓の外に見える静かに降る雪。
「白が起きる少し前に降り始めたんだよ」
「真っ白だ…」
冬は寒いからあんまり好きじゃないけど、雪は綺麗だな。落ちていく雪をじっと見つめている僕の髪を、ミツルさんが優しく撫でた。
「きっと、今年最後の雪だね」
「うん」
もう、二月も終わりだ。きっと、この雪が溶ける頃には春がすぐそこまでやってきているだろう。
ミツルさんと過ごす、二度目の春。
「…夢、見てた」
ふと、微睡みながら見ていた夢のことを思い出して、ぽつりと呟いた。
「夢? どんなの?」
僕の顔を覗き込みながら、優しく聞いてくれるミツルさんに、ゆっくりと話した。
「初めて会った時の夢。ミツルさん、缶コーヒー買ってくれたの」
もう、一年半も前のことだ。僕の言葉に、ミツルさんは驚いたように目を見開いて、そしてその時のことを思い返すように優しく微笑んだ。
「…懐かしいな。白、コーヒー嫌いなのにね。不味そうな顔しながら頑張って飲んでた」
クスクス笑うミツルさんに、僕は照れ臭くなって視線を逸らす。
「だって、ミツルさんがくれたから…」
「うん、あの時もそう言って頑張ってくれたんだよね」
ミツルさんが幸せそうに呟く。だけど、僕はあの時のことで少しだけ不満があるから、むっと唇を尖らせてぽつりと漏らした。
「…けど、結局全部飲めなかったし」
「あれは僕が飲みたかったから分けてもらったんだよ」
ミツルさんに初めてもらったコーヒーはミルクも砂糖も入っていたけれど、それでもやっぱり苦くって。
『ボタン押し間違えちゃったんだ。飲むの手伝ってくれないかな』
暫くしてから、そう言ってココアの缶を差し出してきたミツルさんは、代わりにコーヒーを分けて、と残っていた分を全部飲んでくれた。
「頑張って飲もうとしてくれて、嬉しかったよ」
「…ん」
こんな風に優しく甘やかしてくれるから、ほかに何も言えなくなる。
恥ずかしいけれど、それでも嬉しいと、好きだと伝えたくて、ミツルさんの胸元に頬を摺り寄せた。そんな僕をミツルさんは大切そうに優しく撫でてくれる。
暫くそうやってお互いの温もりを感じていると、ミツルさんがぽつりと言った。
「ーーあの時、缶コーヒーなんてあげなければ、白は幸せでいられたのかな」
ミツルさんの手が、僕の長い髪をよけて首に残る赤い痕を撫でた。
きっと、痛そうな悲しい顔をしている。それが、わかるから、僕も悲しくなる。
僕を好きだと言ってくれたミツルさんが、未だに僕の傍にいるべきじゃないと考えているのは、言葉にされなくてもわかっていた。
ーーミツルさんは、僕のことを誰よりもわかってくれているのに、一番大切なことだけ、わかってくれないんだ。
「僕は、ミツルさんと一緒じゃないと、幸せじゃない」
はっきりとそう言って振り向けば、そこには泣きそうな顔のミツルさん。
身体を捻り、ミツルさんの両頬を包めば、ミツルさんの唇にそっと口付ける。
そんなこと言わないで。僕には、ミツルさんと一緒にいることが、一番の幸せなんだから。
「白…」
ぐっと身体を抱きしめられたと思えば、離れようとした唇を追いかけられ、更に深く口付けられた。唇を割って入ってきた舌に応えようと、必死に自らの舌を絡め返す。
抱きしめ合っているミツルさんの鼓動と自分の鼓動が早くなって、息が上がった。
「白、白…愛してるよ」
長い口付けで、くたりと力の抜けた身体を預ければ、ミツルさんはしっかりと僕を抱き支えながら、額に、瞼に、頬に、たくさんのキスをくれる。
恥ずかしくて、だけどとても幸せで。
僕も大好きだよ、愛してるよ。そう伝えるように擦り寄れば、ミツルさんの頬にキスを返した。
「…ぁ」
甘やかな幸せな雰囲気の中。僕は、ふと視界の隅に映った真っ白い景色に気付き、窓の外を見た。優しく降っていた雪は、いつの間にか先なんて見えないくらいの吹雪へと変わっていた。
「ーーホワイトアウト、って言うんだって」
一緒に外を見ていたミツルさんが、ぽつりと呟いた。
「え?」
「雪でね、足元も太陽も、何も見えなくなることをそういうらしいんだ。ーーふと思い出したよ」
「へぇ」
足元も、太陽も見えない世界。
「ミツルさん…」
不意に恋しくなって、未だ窓の外に視線を向けていたミツルさんを呼んだ。
「ん?」
なぁに、と優しく微笑んでくれるミツルさんの唇に、僕はもう一度口付ける。
「だいすき…」
どこに向かえば良いかもわからないような、真っ白な世界。
それは、僕とミツルさんにぴったりな気がして。
そんな世界が少しだけ怖くて、とても愛おしく感じたーー。
fin.
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