11.cigarette kiss. | ナノ
クリスマスの賑やかな繁華街から少し外れた、塾の入るビルの非常階段。そこで僕ーー雪弥(ゆきや)は、サンタと出会った。

「ねーえ? こんなとこで何してんの?」

「っ!?」

階段の下からかけられた声に、僕は吸いかけのタバコを背中へと隠す。咥えていた訳じゃないから、見えていないかもしれない。そう思いながら改めて、声のした方を見れば、全身真っ赤な服と帽子に身を包んだ、軽そうな雰囲気のサンタが、面白そうにこちらを見ていた。

「こんなとこでタバコ吸ってたら寒くない?」

…見えてたのか。軽口のようにさらりと言われた言葉に、こっそりと舌打ちするも、すぐに笑みを取り繕えば、サンタに言い返す。

「貴方こそ、なんですか? ここ、関係者以外立ち入り禁止ですよ」

笑顔で強気に言い返したのが意外だったのか、サンタは目を丸くして僕を見るも、すぐにまた楽しそうな笑みを浮かべた。そして、僕の言葉の意味なんて気にもしない様子で、階段を少し上がって来たかと思えば、僕が腰掛ける階段の数段下に腰を降ろす。

「あ、そうなの? 俺、ティッシュ配ってたんだけどさ、疲れちゃったんだよね。だから、一緒に休ませてよ」

そう言って下に置いた紙袋から、キャバクラか何かの広告らしいピンク色のポケットティッシュを数個取り出し、ひらひらと僕に見せた。サンタはどうやら、ティッシュ配りのバイトらしい。
なんか面倒臭そう…。こういうチャラチャラしたタイプは、面倒くさくて苦手なタイプで。これ以上関わる前に塾の中へと戻ろうと思うも、もう一度かけられた声に動きを止めた。

「一本ダメにしちゃったお詫びに、俺の一本あげるからさ。ちょっとお喋りしない?」

サンタの言葉につい背中に隠していたタバコに目をやれば、タバコは大分短くなってしまっている。まだ、一口しか吸っていなかったのに…。
不本意だけど、自分にとって、多分一番と言っても良い弱味を握られてしまった。それをバラされないとは限らない。タバコ一本駄目にされて、弱味を握られて。もしその弱味をバラされてしまったら…。

「……」

ーーもうどうでも良いや。何一つ自分にメリットのない今の状況にため息を一つつけば、僕は投げやりにタバコを消し、僕の答えを待っている相手に向かって手を差し出した。

「ん?」

「…くれるんでしょう? タバコ」

タバコを吸っていたことはバレてしまった。だったらもう、取り繕ってても仕方ない。開き直るようににっこりと笑ってそう言えば、サンタはぷっと噴き出した。

「お前、結構イイ性格してんのな」

皮肉としか思えない褒め言葉を言いながら、サンタはポケットからタバコを取り出した。

「はい、ドーゾ?」

そう言われたかと思えば、タバコが差し出されたのは伸ばした手ではなく、僕の口元で。
遊んでる? 僕がどうするのかを面白そうに笑みを浮かべて待つ相手は、多分、僕が素直にそれを咥えるなんて思ってないんだろうな。それがわかるから、僕はサンタをじろりと見たあと、何も言わずに差し出されたタバコを咥える。顔は見ていないけれど、驚いている気配を感じれば、少しだけ嬉しくなった。

「…ちょっと待ってね」

火は? そう挑発するように上目遣いでサンタを見やれば、僕の挑発を楽しむような笑みを浮かべながら、タバコに火を付けてくれた。
…あ、これ美味しい。いつもとは違うタバコの味に、サンタの持つタバコの銘柄をチラリと見る。

「いつもサボってこんなことしてんの?」

自分の分のタバコを取り出しながら問われた言葉に、僕は視線を向けることもなく答える。

「僕はどこかのサンタさんと違ってサボってなんかないですよ。自習の息抜きです」

普段から優等生として見られている僕が、息抜きに少しくらい席を外していようが、気にする人なんていない。その位には信用される環境は整えてある。
そんな僕の言葉を聞きながら、サンタはタバコを咥えたまま、僕に口元を近付けてきた。タバコについた火を奪おうとしているのがわかって、僕はそれを拒絶するようにふいと顔を逸らす。
あからさまな拒絶に、サンタは面白そうに口角を上げれば、おとなしくライターで火を付けた。一口吸って、ふっと息をつくと、サンタは横目に僕を見て話す。

「息抜きねー。…中で頑張ってるオトモダチにも教えてあげれば良いのに」

からかうような口調で言われた言葉。馬鹿馬鹿しいなぁ。冷めた気分でそんな事を思えば、さらりと返す。

「教えてあげたら、喜んで告げ口に行くと思いますけど」

「それ、オトモダチ?」

「僕、中に友達がいるなんて言いましたっけ」

貴方が勝手に言っただけでしょ? 聞かれた言葉に、笑って返せば、サンタはそれ以上言い返す言葉が思いつかなかったようで。

「…いや、言ってなかったかな」

負けた、というように笑えば、サンタは美味しそうにタバコを燻らせた。
塾にも、学校にも、友達面してくる奴ならいっぱいいるけどね。心の中で、そう返す。優等生ぶった僕の表面しか知らない、自分の成績のためなら、いつでも蹴落とそうと隙を狙っているような、ずる賢い奴ならいっぱいいる。そんな事を考えていたけれど、唐突に言われたサンタの言葉に我に返った。

「…なら俺、お前のオトモダチ1号になろうかな」

良いことを思いついたとばかりに、楽しげに言われた言葉を聞いて、思考が、止まる。

「は?」

…このサンタ、今なんて言った?

「あ、今素出ただろ」

っ…こいつムカつく。嬉しそうに指摘された言葉に、はっとすれば、わずかに赤らんだ顔を背ける。
人前で素の自分を出してしまったのは久しぶりだった。それも、知り合ったばかりの相手に見せてしまったと思うと、恥ずかしさや悔しさが入り混じる。

「…お断りします」

わずかにぎこちなくなった口調で、辛うじてそう言うも、サンタは僕の動揺を知ってかにやにやしながら言う。…本当にムカつく。

「うん、やっぱりやめた。…お前のオトモダチになるより、コイビトになる方が楽しそう」

「っ、アンタ何言って…っ!?」

続けられた言葉に、今度こそ素を隠すことなんて忘れていた。
オトモダチじゃなくて、コイビト? それ、会ったばかりの高校生に言うこと? それも、男の僕に。動揺する僕とは反対に、僕の様子を伺うサンタは相変わらず楽しそうな笑みを浮かべていて。そして、暫し僕の様子を見た後、楽しそうに呟く。

「…お前、意外とわかりやすいのな」

「? 何が……んっ!!」

先ほどからのやり取りのせいで、今更良い子ぶって見せるのも面倒くさくて。素のままの気だるげな声で返す僕の頬に、不意にサンタの手が伸ばされた。突然すぎて、避けることも出来なくて。何をされているか理解するよりも先に、柔らかなものが唇へと触れる。
サンタにキスをされている。その事実に気付き、僕はいつしか自分を抱きしめるように腕を回しているサンタの身体を無理矢理押しやった。

「何、するんですかっ!?」

耳まで熱くなっているのを感じながら、目の前の飄々とした様子のサンタをキッと睨み付ける。

「んー、せっかくだからクリスマスプレゼントもらおうかな、って」

悪びれもなく言われた言葉に、僕は噛み付くように言い返す。

「っ、アンタはもらうんじゃなくて、あげる側でしょ!」

言いながら、自分のペースが驚くくらい崩されているのを感じて、戸惑った。…こんなの、初めてだ。親や教師ですら、良い子に優等生を演じてる僕に満足して、“優等生の僕”に疑問すら抱いていないのに。

「んー、サンタだってプレゼントくらい欲しいじゃん」

本当に、訳のわからない人だ。そう思いながら、なんだかんだ相手をしてしまっている自分自身にも、訳がわからないなって思う。
別に話しかけられるのなんか無視して、塾の中へ戻ればそれで済むのに。

「そんなの知りませんよ」

ほら、また応えてる。
そんな僕を見て何を思ったのか知らないけれど。サンタは暫し僕を眺めたあと、思いついたように口を開いた。

「えー。…じゃあ、プレゼントあげる」

「え…?」

そう言って、再び肩を抱き寄せられ、触れようと近づいてきた唇。一瞬流されそうになって、けど、何をしようとしているのか気がつけば、慌てて押し返す。

「そんなプレゼントいりませんっ!」

プレゼントとか言って、自分がしたいだけじゃないか。

「えー、つまんないなぁ。…じゃあ、何が欲しいの?」

そういうサンタの顔は、相変わらずつまらなくなんかなさそうで。何が欲しいかという質問に、つい考えてしまった。

「何って…」

僕が、欲しいもの…。

「……そのタバコ、ください」

そう答えてしまったのは、どうしてなのか。わからないけれど、気が付けばそう答えていた。

「…良いよ。けど、またあとでね」

一瞬驚いた顔をしたサンタは、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。

「え?」

またあとで? 予想外の言葉に戸惑えば、こちらの戸惑いなんて気にもしない様子でサンタが言う。

「20時にバイト終わるからさ。一緒にケーキでも食おうよ。プレゼントはその時、ね」

20時? ケーキ? 勝手に決められていくこれからの予定に、ついていけなくて。

「何勝手に決めて…」

「やべ、もう戻んないと」

慌てて反論しようとした時、スマホで時間を確認したらしい相手が、不意に立ち上がった。そして、ティッシュの入った紙袋を持てば階段を駆け下りる。

「あっ、ちょっ!?」

勝手に決められた約束。撤回させようと慌てて呼び止めれば、踊り場まで降りたところで、「あ」と呟きサンタが振り返った。

「…逃げんなよ?」

にやりと笑って言われた言葉。思わず返してしまったのは、負けず嫌いな言葉で。

「誰が逃げるんですか」

「それは良かった。…なら、またあとでな」

相手の言葉に、自分の返事が相手にとって都合の良いものになってしまっていたことに気付いた時には遅かった。
サンタが去ってしまって、残された僕の元に残ったのは、短くなったタバコと、唇に残る熱。

「……変なサンタ」

タバコを地面に押し付けて消しながら、ぽつりと呟く。
サンタがくれると約束したタバコ。待ち合わせまでさせられたのだから、カートンで買ってもらおうかな。そんなことを思いながら、タバコの吸い殻を見つめる。
唇の熱は、まださめそうにないーー。




cigarette kiss.





クリスマスのお話を考えて、最初に思いついたのはチャラチャラしたサンタでした。
短編はプロットを作らずに勢いで書いてばかりの私が、珍しくプロットを紙に書いたのですが、プロット通りにことが進んだのは、雪弥がサンタからタバコをもらった辺りまでだったりします。
結果的にお互いの名前を名乗らせるタイミングがなくなってしまったのですが、きっと夜再会した時に改めてそれも話すのだろうなぁと。
因みに、サンタの名前は苗字が三田(さんた)でした。

読んでくださり、ありがとうございます。


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