whiteout.1 | ナノ

白(しろ)、白ーー。


名前が、呼ばれてる。
呼んでいるのはーー僕のだいすきな人ーー。

「…白っ、白…大丈夫!? ごめんね、ごめんっ…」

必死に自分を呼ぶミツルさんの声に、僕はゆっくりと目を開けた。光が届く左目に飛び込んできたのは、泣きそうな顔で僕を見つめるだいすきな恋人。
また、殴られていたんだっけ。
そう思うのと一緒に、ああ、また悲しませてしまった、と悲しくなった。
ぶつけたらしい右肩や、締められた首の痛みよりも、ミツルさんの痛そうな、悲しそうな顔を見る方が悲しい。

「だい、じょーぶ…」

ごめん、ごめんと泣きそうな声で謝り続けるミツルさんに、僕はそう呟けば、縋るように両手を伸ばした。

「白…」

名前を呼びながら引き寄せられた僕の身体は、ミツルさんの腕の中に包まれる。

「…だいすき」

「あぁ、俺も好きだよ、白。ーー愛してる」

僕は、それだけで幸せだったーー。







wiiteout.








ーーそれは、中2の初夏だった。
溶けそう…。日陰のベンチを選んで座っているとはいえ、真っ昼間の公園の暑さは尋常ではない。
だけど、他に行く場所も、行きたい場所もなくて。僕はいつもそこにいた。
正しいのは学校に行くことなんだろうけれど。皆と同じを強要されて、個性や自由を許してくれないあそこは好きじゃなかった。
一人が、ラクで良い。そんなことを思いながらぼんやりと座っていた僕は、不意にかけられた声にはっと顔を上げた。

「そろそろ暑くなってきたね」

「っ!?」

少し後ろからかけられた声に、びくりと振り返れば、自販機に凭れて立つ知らない男の人。

「あ、ごめん。驚かせたな」

その人は、驚いた僕の顔を見れば、困ったように笑って見せた。悪い人ではなさそう。
悪い人ではなさそうだけど、知らない人は苦手だ。…知ってる人も苦手だけど。

「誰、ですか?」

恐る恐る訊ねた僕に、その人は胸ポケットから名刺を取り出せば僕に差し出した。受け取って見てみると、その人のらしい名前や電話番号はもちろん、勤め先らしい会社名までしっかり書かれている。
その人の名前は、ミツルさんと言うらしい。
見ず知らずの中学生に名刺をくれるなんて、変な人だな。ぼんやりとそんなことを思っていれば、ミツルさんは公園のすぐ傍にあるビルを指差して言った。

「すぐそこの会社で勤めてるんだ。良くここに休憩に来てたんだけど…君も、良くいるよね」

え? いつもいるの、見られてた?

「…いる、ます」

見られていたっぽい言葉に、怪訝な顔でカタコトの返事をした僕に、ミツルさんは思わずと言ったように噴き出す。

「いるますって。…まあ、そんな警戒しないでよ。変なことしたりしないからさ」

…まあ、なんでも良いや。

「…はい」

会話が途切れたことに安堵した僕は身体の向きを戻し、またぼんやりと空を見上げた。
悪い人じゃないみたいだけど。だけど、やっぱり人と話すのは苦手だから。
だが、暫しぼんやりとしていると、後ろの自販機からガコンと缶が落ちる音が二度聞こえてきたと思えば、不意に顔の横に缶が差し出された。一緒に聞こえてきたのは、先程名刺をくれた変な人の声。

「良かったら飲まない?」

え? くれるの? 僕に? 突然の言葉に僕は驚き目を見開いて、差し出された缶コーヒーと相手の顔を交互に見る。
こういう時、なんて言えば良いんだっけ?

「…コーヒー、苦いから苦手です」

悩んだ末に出たのは、それだった。
そんな僕の言葉にミツルさんは一瞬ぽかんとした後、がくりとしゃがみこんだ。

「あー…まあそうだよねぇ。中学生くらいなら、普通ジュースとかか…」

どうしたんだろう? 自分の言葉のせいで項垂れているなんて思いもしなくて。僕は首を傾げてミツルさんの様子を窺うも、差し出された缶コーヒーを受け取っていなかったことに気付けば、恐る恐るそれに手を伸ばした。
伸ばした僕の手と、缶を持つ相手の手が触れ、はっと驚いた顔を向けられる。

「何?」

何って…くれるっていったのはそっちじゃないか。

「…くれるんじゃないの、ですか?」

不安げに眉を寄せながらそう言えば、ミツルさんは僕にコーヒーの缶をくれながらも、不思議そうな顔で聞いてきた。

「けど、コーヒー苦手なんでしょ?」

それは、そうだけど。言葉に悩んだ僕はもらった缶を大切に両手で持つと、どう伝えれば良いか悩みながら、ゆっくりとわわ言葉を紡いだ。

「苦手だけど……嬉しかった、から。誰かに何かもらうの、久しぶりだから…」

僕の言葉を聞いたミツルさんは少し驚いたあと、すぐに嬉しそうな笑顔を僕に向けてくれた。

「…そっか」

誰かに笑った顔を向けられるの、いつぶりだっけ。なんだか、嬉しいな。

「うん。だから…ありがとう」

そう言う僕の顔にも、気付かないうちに笑みが浮かんでいたみたいで。僕を見るミツルさんが、驚いたように瞳を見開いた。
? 少し、赤くなった? けど、僕が疑問を口にするより先に、ばっと立ち上がって自販機へ向かった後ろ姿の相手の方が先に口を開く。

「っ…何飲みたい? コーヒーじゃなくて、好きなの買ってあげるよ」

それなら、ココアが良い。そう言いかけて、やめた。

「…これが良い。」

僕の言葉に、ミツルさんは怪訝そうな顔で振り返る。

「え? けど、コーヒー嫌いなんじゃないの?」

確かに、苦いコーヒーは好きじゃない。好きじゃないけれど、ミツルさんが僕にくれたのは、これだから。

「これが良い」

そう言ってはにかむ僕を、ミツルさんは照れ臭そうに笑いながら呟いた。

「…変なの」


ーーそれが、初夏の日の、僕とミツルさんの初めての日だった。







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