9.トリックオアトリート | ナノ

頭に馬だか妖怪だかのマスクを被った男共に、可愛いのかグロいのかよくわからないゾンビメイクの女子。
いつしか日本でも定着したらしい、街を行き交うハロウィンの仮装をした人々を横目に、俺ーー千吏(せんり)はそんな街の人々とは一線置くように、カフェのテーブルの上に拡げた本に目を落とした。

元々、ハロウィンとか、クリスマスとか、そういうイベントごとには興味はなかった。
ーーそれでも一度だけ、ハロウィンらしいことをしたのは二年前のことだ。



「千吏ー! これ、千吏が着るやつな!」

ーーハロウィンの日の放課後。隣のクラスの恋人ーー未来(みき)が、派手な格好をして俺のクラスにやってきた。オレンジのケープみたいなものを着て、頭にはカボチャの被り物。カボチャのオバケのつもりなのだろうか。
その格好に一瞬ぽかんとするものの、机の上に置かれた黒いマントとシルクハットに、未来が言った言葉を思い出せば眉を寄せる。

「… 未来、俺は良いよ」

俺の断りの言葉に、未来の顔には案の定不満げな表情。

「えー、なんでだよ!? 仮装してったら、先生達お菓子くれるって約束してくれたんだぜ!?」

その言葉を聞いて、俺は盛大な溜め息をついた。本当に、うちの先生達はゆるいというかなんというか…。
進学校でも不良の溜まり場でもない、都心から少し外れたこの高校は、大きな問題が起こったりすることもない。それ故先生達も問題を起こさない限りは生徒の自由にさせ、こういうイベント毎にも乗り気の人が多かった。
それをわかっている未来は、前もって先生達にも根回ししていたのだろう。

「俺は良いから未来はお菓子もらっておいでよ。待ってるからさ」

あくまで仮装する気はないことを伝えるように、俺は机から読みかけの本を取り出した。だが、すぐにそれは未来に寄って奪われる。

「一人でやってもつまんないじゃん!」

「あ、おい!?」

そう言えば、俺の静止など聞くわけもなく、座っている俺の背中に黒い布をかけ、前でボタンを止めてくる。仕上げにシルクハットをぽんと乗せれば、未来はカボチャに隠れて表情は見えないものの、満足そうに頷く。

「うん、完璧! 千吏格好良いから、やっぱりバンパイア似合うよ!」

「しないって言ってるのに…」

こうなったら未来が聞く耳を持たないことはもう十分に知っている。諦めた俺は盛大に溜め息をつけば、重い腰を上げた。
そして、未来の顔を覆っていたカボチャの被り物を奪えば、代わりに自身に被せられたシルクハットを乗せてやり、自身はカボチャの被り物を被る。

「付き合う代わりにこれ、交換な。せめて顔くらい隠させろ」

百歩譲って仮装するとして、状況を知らない他の生徒にまで顔を晒す気にはならない。仮装すると言い張る未来だけ顔が見えない仮面をしているなんて論外だ。

「えー、シルクハット、絶対千吏のが似合うのに…」

「別に俺は今すぐにでも帰っても良いんだけど…」

不満げにそう言いかけるも、俺が帰ってしまうことの方が食い止めたいらしい。

「交換で良いよ! カボチャは千吏にあげる!」

そう言った未来に、多少不本意なものを感じつつも、楽しそうに笑う未来が可愛く感じてしまうのはどうしようもなくて。
「トリックオアトリート!」と駆け出す未来の後ろ姿を、千吏は優しい笑みを浮かべて追いかけた。



ーー懐かしい夢だ。
リアルなそれが現実ではないことは、今はもういない未来の、あの頃のまま変わらない姿が物語っていた。
もう少し、夢の中にいたいな。そんな事を思いながら微睡んでいた俺に、夢の中で聞いていたものと変わらない、懐かしい声がかけられた。

「トリックオアトリート」

愛しい声に、ゆっくりと瞳をあける。目の前にはオレンジ色のケープにカボチャのお面を被った、あの頃と変わらない愛しい相手。
やっと、会いに来てくれたのか。俺は、そっとその顔に手を伸ばすと、カボチャのお面を外した。

「お菓子くれなきゃ悪戯するよ?」

そう言って微笑んだのは、紛れもない、未来。自然と、俺の顔にも微笑みが浮かんだ。
未来の片手を掴んで引き寄せれば、倒れこんできたひんやりとした身体を抱き寄せる。

「ーーお菓子でもなんでもやるから、俺にお前をちょうだいよ」

腕の中でびくりと跳ねた身体は、すぐに縋りつくように俺の身体にしがみついてきた。

「一緒にいてよ、未来」

「千吏…」

躊躇う声で、未来が俺の名前を呼ぶ。

「ねぇ、未来。お前がいない世界は、つまらないよ」

縋るようにそう言えば、俺は腕の中の愛しい存在を強く抱き締めた。

「…連れて行って、良いの?」

小さな、震える声で問われた言葉。

「もちろん。ーーもう、置いて行くな」

強く頷いてそう言えば、わかった、というようにしがみついている腕にぎゅっと力がこもる。それに応えるように、もう一度強く抱き締めた。

俺は、未来に手を引かれ歩き出した。行き先なんか知らない。けれど、未来と共にいられるのなら、そこは幸せな場所だーー。



トリックオアトリート

無気力少年。』さまより。



ハロウィンということで書いてみました。
本文中ではきちんと書いてはいないのですが、未来は事故でこの世を去っています。
ハロウィンで皆が仮装している中に、本物のオバケが混じっていても良いんじゃないかなぁなんて書いてみました。
この後のことは具体的には書かなかったのですが、二人が幸せならそれで良いのかな、と。

読んでくださりありがとうございます。



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