4.貴方がいて幸せです | ナノ
「すーいっ」

「…っ、愛二(あいじ)さん!?」

ソファでのんびりとテレビを見ていた昼下がり。シャワーから出てきた恋人ーー愛二に不意に背後から抱きしめられ、翠(すい)は驚いた声をあげた。
下はジーンズを穿いているものの、タオルを引っ掛けただけの湯上がりの上半身は、抱きすくめられれば一気に翠の身体にも熱が移る。

「一緒に入ろうって言ってたのに、なんできてくれないのー」

不満げにそう言いながら腕をほどくと、愛二は翠の隣に腰を降ろし、当たり前のように翠の肩を抱き寄せる。

「…別に俺、入るなんて言ってないし…っ」

「えー、翠のことずっと待ってたのになぁ」

のぼせそうだったから出たけどさ。肩を抱く腕はそのままに、空いた手で髪を拭きながらそう言う愛二。
ナチュラルに一緒にシャワーに入ることを誘ったり、肩を抱き寄せたり出来るのは、十歳も年上の余裕からなのか、単にいちゃつくことへの羞恥がないからなのか。
わからないけれど、愛二からのそういう愛情表現は、翠には平静に受け止めることができないことだ。

「知らないよっ」

肩を抱かれた状態が、どうしようもなく恥ずかしくて。翠は赤い染まった顔を隠すように背けながら、愛二の腕を振り払った。

「っ……ごめん、そんな嫌だった?」

「ぁ…」

困ったような、傷ついたような声でかけられた言葉に、翠ははっと目を見開く。傷つけた。恥ずかしかっただけなのに…。
振り向きたくて、けど、愛二の傷ついた顔を見るのが怖くて、振り返れない。

そんな翠の様子に、困ったように笑いながら、愛二はソファから腰を上げた。

「翠、あんまりくっついたりするの、好きじゃないもんな。ごめんねーーお茶、入れるよ」

離れる口実のようにそう言えば、愛二は遠慮がちに翠の頭を軽く撫で、キッチンへと行ってしまった。

「っ……」

傷つけたいわけじゃない。
好きなんだ。
一緒にいられて幸せなんだ。
ただ、それを伝えることが恥ずかしくてできないだけーー。

そこにいることが耐えられなくて、翠は玄関を飛び出した。締まる扉の向こう側から、心配するような声で自身を呼ぶ愛二の声が聞こえたけれど、止まれなかったーー。



ーー部屋を飛び出して一時間。

携帯には何度目かわからない愛二からの着信。一度、無視してしまった着信は、二度目、三度目となるにつれ、出られなくなった。
着信のバイブが手の中で止まり、何度目かわからないため息が、翠の口から漏れる。
こんなこと、したいわけじゃなかったのに…。

「っ…!?」

手の中で再び震えた携帯に、びくりと画面を見れば、そこには着信ではなく新着メールのお知らせ。ーー相手はもちろん愛二。
おそるおそる、翠はメールを開いた。

『翠、ごめんね。
翠が恥ずかしがり屋なのはわかってたよ。
けど、翠といられることが嬉しくて、ついつい調子に乗ってた。
ただ一緒にいてくれるだけで幸せなのに、求めすぎてた。
ごめんなさい。
早く帰ってきてほしいな。
それで、これからは翠のペースで一緒に過ごそう。

愛二』

「愛二、さん…」

こんな、わがままで勝手な俺なのに。それでも、愛二は想ってくれている。
そう思えば、恥ずかしさと気まずさで頑なになっていた心が、すっとほどけていくのを感じた。


ーー部屋へと帰る、その前に。

「リンゴ、ください」

果物屋さんに寄って、たくさんのリンゴを買った。
袋いっぱいに詰め込まれたリンゴを抱きかかえて、愛しい人の待つ部屋へ向かって歩く。

愛二みたいに、面と向かって好きとか愛してるなんて、恥ずかしくて言えないけれど。
一緒にいられるだけで、貴方がいてくれるだけで幸せなのは、俺も同じだから。
俺の気持ちだと、このリンゴを渡そう。


ーーリンゴの花言葉は、“貴方がいて幸せです”。



貴方がいて幸せです

モノクロメルヘン』さまより



いつもお話の種をお題サイトさまで頂くのですが、ふと心にとまったこのタイトルに、なんとなく花言葉を検索して見たら、リンゴでこのお話になりました。

若干無理矢理感あったかなとも思いつつ。。。

読んで頂きありがとうございます。




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