『ねぇ、里和(さとわ)』
手首に当てたカッターが、白い肌に一筋の赤い線を描いたとき、大好きな人の声が聴こえた。
「蓮未(はすみ)ーー」
『里和、お前は生きてよ』
意識が不意に遠くなり、手首の赤がぼんやりと滲んで。かわりに、大好きな幼馴染みの優しい笑みを浮かべた姿が目の前にあった。
「蓮未、俺はーー」
『生きて。俺のぶんも』
にっこりと笑いながらも有無を言わせない強い言葉は、幼い頃から俺にだけ向けられていたもの。
俺にも、他の友人にも甘く優しい蓮未が、こういう言い方をするのは俺に対してだけだった。
「…仕方、ないな」
そんな蓮未に、毎回逆らうことなんて出来ずに折れるのはいつも俺。
そんな俺に、蓮未はいつもとても嬉しそうに微笑むのだ。
『ありがとう。里和、大好きだよ』
微笑んでそう言う蓮未に、勝てた試しなんて一度もない。
強気でわがままな俺と、いつも微笑みながら俺の傍にいる蓮未。周りからは俺の方が強く見られがちだったけれど、本当は逆で。蓮未に勝てたことなんて、一度もなかったーー。
ぼんやりとしていた意識が戻り、真っ赤に染まった手首が視界に鮮やかに飛び込んできた。
「ーーまた、邪魔された」
また、死ねなかった。
ーー蓮未が死んだのは、もう一年も前だった。
唐突に蓮未を襲った病の進行はとても早く、治療の余地などなかった。
蓮未がいなくなってから、何度手首に赤い線を描いただろう。
蓮未のいない世界で、一人過ごすのは嫌で。一人変わっていくのは嫌で。何度も、何度も、蓮未の元へいこうとした。
そして、その度に蓮未の幻に止められた。
『里和、生きて』
蓮未に、あの微笑みでそう言われたら、逆らえるわけなくて。
結局、蓮未の傍にはいけないまま、赤い線だけが増えていった。
本当はこんな線を増やしていることだって、蓮未は止めたいのかもしれないけれど。
「蓮未、愛してるよ」
これくらいは多めにみてよ。
だって、蓮未に会いたいんだから。
蓮未の傍にいきたくてもいけない俺は、蓮未に会いたくなるたびに手首に赤い線を描くーー。
死にたがりが死ねない理由
『
世界は色をなくす』さまより。
死にたくて手首を切っているのか、
会いたくて手首を切っているのか、
わからないけれど、手首を切ることで幻でも愛しい人に会えることが、とても幸せなのだと思います。
(自傷行為を推奨しているわけではありません。)
読んでくださりありがとうございます。