1.わざと傘を持って行かないの | ナノ

「あ…」

ぽつり、と頬に雨粒があたり、ユキは空を見上げた。
今にも土砂降りになりそうな、曇天の空。朝の時点で太陽が除く隙間もない曇り空だったから、雨になるだろう予測はついていた。

ーー傘を持ってこなかったのは、わざと。

ポケットから携帯を取り出せば、電話の発信ボタンを押して耳に当てた。

『ーーもしもし』

数回の着信音のあと、聴こえてきたのは愛しい恋人の若干飽きれた声。

「ねぇ、傘忘れちゃった」

弾みそうになる声を堪えながら、淡々と告げる。
傘がないの。雨は強くなってきた。これじゃあ貴方のもとに帰れない。

『うん、そうだと思った』

ユキの言葉を予測していたかのようにはぁと溜め息をつきながらそう言った恋人ーー優(すぐる)の声の横から微かに聴こえてきたのは、自身の傍から聴こえるのと同じ雨音。
あれ、家にいたんじゃないのかな。
いつもなら家にいるはずの相手に疑問を抱きながら、近付いてきた足音に気付いて顔をあげれば、そこにはーー。

「だから、迎えにきたよ」

耳に電話をあてながら呆れた顔で笑みを浮かべる愛しい人。

「どうして…?」

だって、まだ俺、迎えにきて、って言ってないのに。

「だってユキ、俺が休みで雨降りそうな日は、わざと傘、持って行かないでしょ?」

「…っ!!」

相手の言葉に、ユキの顔はばっと耳まで赤に染まる。
ばれてた。迎えにきて欲しくて、わざと傘を持たずに家を出ていたこと。いつからばれてた?
顔を赤くしながら思考を巡らすユキに、優はふっと笑いをこぼす。

「迎えに来て欲しいなら、言ってくれればいつでも行くのにね」

素直じゃないんだから、とそう言いながら、優はユキに傘を差しかけた。傘を持たない手で、固まるユキの肩を引き寄せれば自身の傘の中にユキを入れる。

「帰ろうか」

微笑を浮かべて促されれば、ユキはこくりと頷いて優の隣を歩き始めた。
雨降りの中。いつもはうるさいくらいに聴こえる街の雑音が、雨音に紛れて傘の中には届かない。二人だけの世界みたい。
それが好きで、雨が降りそうな日はいつも傘を持たずに出かけていた。
それがばれていたのはとても恥ずかしいし、気まずいけれど。狭い傘の中、肩に触れる相手の温もりが嬉しくて。
ユキははにかみながら、優の肩に頬を寄せた。



わざと傘を持って行かないの

無気力少年。』さまより。


社会人になってから小説を書くことがなくなり、五年ぶりほどでこのお話を書きました。
久しぶりすぎてきちんと書けているか不安になりつつ、、、
二人のことを考えて書いている時間はとても楽しかったです。

読んでくださりありがとうございました。




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