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ーーヒカルと岬が帰ってしまったあとのこと。
冬野は再びカーテンの裏側に隠れたまゆを見つけると、声をかけた。

「まゆちゃん、ヒカルくんと仲良くなったの?」

名前を呼ばれた瞬間、びくりと震えた小さな肩。だが、その声が冬野のものと認識すると僅かに力が抜けた。
まゆの中で、冬野は信頼して良い人だと思い始めてはいるのだろう。それでも身体の傷のことを聞かれたり、母親のことを悪く言われるという警戒心は取れていないようで、問いかけには応えず顔を向けようともしない。
そんなまゆの様子に困ったような笑みを浮かべながらも、冬野は話しかけた。

「ヒカルくんね、同じくらいのお友達と遊ぶの、今日が初めてだったの。まゆちゃんが仲良くしてくれたら嬉しいわ」

冬野の口から出たヒカルの話はまゆの興味を引くには十分だったようで。
少しの沈黙のあと、まゆは顔を背けたまま口を開いた。

「…ヒカル、ずっと声出ないの?」

小さな声で問われた言葉。
それまで自分から話しかけてくることのなかったまゆからの問いかけに、冬野は驚きながらも優しい声音で返す。

「昔はお話できたそうよ。…悲しくて怖い思いをしたせいで、話せなくなってしまったの」

“おなじ”と火傷の痕をみせてくれたヒカルの顔がまゆの脳裏をよぎった。
お話ができなくなるくらい怖いことって、どんなことだろう。きっと、自分が今抱えている怖いことより、もっとずっと怖いことーー。
暫く黙り込んだあと、まゆは心配げな顔で冬野を見上げると、先程からずっと気にかかっていたことを聞いた。

「…さっきの、ヒカルのパパ?」

ヒカルの手を引きながら一緒に帰っていった男の人。ヒカルは怖がったりしていない様子だったけれど…。
不安げに聞いたまゆに、冬野が応える。

「いいえ、違うわよ」

「っ!!」

パパじゃないけれど、一緒にいる男の人。ーーそれは、自分にとっての“あの人”みたいなものではないのだろうか。
怖がる素振りを見せたまゆに、冬野は優しく笑いながら岬のことを教えてやる。

「岬さんはね、怖い思いをしていたヒカル君を助けてくれたお巡りさんなの。今はヒカル君と一緒に暮らしているから、パパみたいなものね」

悪い人じゃない。それがわかったことで、まゆはほっとしたように息をついた。
けれど、新たな疑問が浮かべば再び冬野に問いかける。

「ヒカルのママとパパは一緒じゃないの?」

その質問に、冬野は困ったように視線をそらしたあと、悲しげな顔で告げた。

「…ヒカル君のママは亡くなってしまったの。パパはヒカル君が小さい頃にいなくなってしまったんですって」

「そうなんだ…」

ヒカルには、ママもパパもいないんだ…。冬野の言葉にまゆはぽつりと呟く。
それ以上何も言えなくなってしまった様子のまゆに、冬野は沈んだ雰囲気を振り払うように、笑顔を浮かべて口を開いた。

「ヒカル君、次の火曜日にまた遊びに来るそうよ! 楽しみね」

ヒカルのママ達のことに対する悲しい気持ちは、まだ拭えなかったけれど。
それでも、火曜日になったらまた会える。
それはやっぱり嬉しくて。まゆははにかみながら頷いた。



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