9.

岬が病院を訪れる前、芝浦に報告も兼ねて話したことも同じ話だった。

「ヒカル…あの事件の時の子供を、引き取ろうと考えています」

「ーーそうか」

考えている。そう言いながらも、結論は出ているのであろうはっきりとした岬の言葉に、芝浦はゆっくりと頷いた。

「こないだも言ったが…子供を育てることは大変だよ。男手一つとなれば、尚更だ」

反対するわけではない、だが覚悟を確認するように言う芝浦の言葉に、岬はしっかりと頷く。

「簡単なことではないのはわかっているつもりです」

そう告げれば、岬は一度口を閉ざして。そしてもう一度話し始める

「あの子…ヒカルというんですが。会いに行くと、本当に嬉しそうに笑うんです。話すことも出来ないし、力がなくてすぐ転けそうになるのに、それでも必死に駆け寄ってくるんですよ」

一生懸命、気持ちを訴えてくるヒカルの姿を思い返せば、自然と笑みが漏れた。

「まっすぐ、気持ちをぶつけてくるんです。あんな酷い目に遭わされたっていうのに、まだ知り合って日の浅い俺を、疑うことなく信じてくるんです。ーー俺は、その気持ちに応えてやりたい」

静かな、だが、強い言葉。
暫し、岬のことを見つめていた芝浦は、静かに頷いた。




「ーーヒカルのことを、引き取ろうと考えています」

先程、芝浦に伝えたものと同じ言葉を冬野に伝えれば、冬野は優しい笑みを浮かべた。

「お仕事も忙しいでしょうに…苦労しますよ」

否定的な言葉。だが、その口調はとても優しい。

「子育ての大変さは、正直まだわかりません。ですが、ヒカルの笑顔を守るためなら、どうってことないだろうと思えます」

正直でまっすぐな岬の言葉に、冬野はくすりと笑った。そんな冬野に、今更ながらに自身の言葉に照れ臭さを感じれば、視線を逸らして髪をくしゃりと掻き上げた。
そんな二人の様子を、気が付けば、プリンを食べ終えたヒカルが不思議そうな顔で見ていた。無垢なその表情に、冬野はほっとしたように呟く。

「ヒカルくんの過去はとても悲しいものだけれど…それも、この出会いのためだったのかもしれないわね」

ーーそうであれば良い。
そう、願うように思いながらヒカルの隣へと戻ると、その頬を優しく撫でながら岬は言った。

「ヒカル、俺と一緒に来るか? ーー俺と、家族になろう」

その言葉の意味は、今のヒカルにはわからない。

だが、ヒカルはそれに応えるかのように、ふわりと笑ったーー。


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