8.

「所長、少しお時間よろしいですか?」

岬が、そう芝浦に話を切り出したのは、二人で飲みに行ってから一週間程した日のことだったーー。





「ヒーカル、来たぞー」

「っ…!!」

岬がそう言って病室へと入れば、驚いたように緑の瞳を大きく見開くヒカルと目が合った。

「どしたー? そんなに見開いてたら、目ん玉落っこちるぞ? …っと」

岬がベッドの横まで行き、少し屈んでヒカルの顔を覗き込めば、驚いた顔はすぐに泣きそうに歪んで。次の瞬間には、ヒカルの細い腕が岬の首にしっかりと巻きついていた。
その強い力は言葉よりもずっと雄弁で。岬は、安心させるように小さな背中をぽんぽんと叩く。

「ごめんな。暫く来なかったから、寂しかったな」

一週間も顔出さなかったことなかったもんな。寂しかったと懸命に訴えるヒカルに、岬は苦笑をこぼす。
出会ってまだ一ヶ月程なのに、ヒカルにとって自分はだいぶ大きな存在になっていたらしい。これは冬野も心配する筈だ。

「ヒカル、ほらお土産持ってきたんだ」

そう言って、抱きつくヒカルの腕をゆっくりと離すと、岬は片手に下げていた紙袋も持ち上げて見せる。
首を傾げてそれを見るヒカルの前で、紙袋から取り出した白い箱から出てきたのはプリンだった。何かわかったらしいヒカルの緑の瞳がきらきらと輝くのを見て、岬は満足そうに笑う。

「プリンだよ。好きなんだろ」

ヒカルが、プリンが好きらしいというのは、少し前に若狭からもらった情報だ。夕飯のデザートに初めてプリンが出た時、いつもよりも嬉しそうな顔をして食べていたらしい。
ちょっと待てよ、とベッド横の引き出しから、岬はヒカルでも持ちやすい少し大きめのスプーンを出してやる。そして、最初の一口をスプーンで救ってヒカルの口元に運んでやった。
大きな口を開けてプリンを頬張れば、すぐに溢れた嬉しそうな笑顔に、岬はもう片方の手でヒカルの頭を撫でやる。

「ヒカル、美味しいだろう? こういうのは、“美味しい”って言うんだよ」

教えるようにそう言って、岬は自分で食べることを促すように、小さな手にスプーンを持たせた。それを受け取ったヒカルは、ゆっくりとだが確実に自分の口に運んでプリンを頬張る。
最初はあんなに難しそうにしていたのにな。確かな成長に微笑み見守っていれば、不意にヒカルが、プリンを救ったスプーンを岬の口元に持ってきた。

「ん? 俺にくれるのか?」

ヒカルの予想外の行動に戸惑いつつも、差し出されたプリンを食べれば、ヒカルはじっと見つめている。

「美味いよ。ありがとなぁ」

岬がにっこり笑ってそう言えば、ヒカルは嬉しそうにはにかんだ。
…やべえ、泣きそう。そんなことを思いながら、再びプリンを食べるヒカルを見つめる。
今回みたいに、岬が最初の一口を食べさせてやることは良くあった。それをお返ししようとしてくれたのかと思うと、なんとも言えないものがある。ヒカルが成長しているのは、目に見える部分だけではない。その心も、優しく成長している。

「あら。ヒカルくん、良いわねぇ」

不意にそう言って病室に入ってきたのは冬野だった。冬野はヒカルを見て優しく微笑めば、隣に座っていた岬に軽く頭を下げる。
同じように頭を下げて挨拶をすれば、岬は椅子から腰を上げた。夢中で食べるヒカルの頭をぽんぽんと軽く撫でれば、冬野の傍へと移動し、口を開いた。

「ーーヒカルのことを、引き取ろうと考えています」

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