■ 悪魔と睡魔 2
13巻164夜165夜。あくましゅうどうしの家出(城出)騒動ですが、寝台列車に乗る時間まで黒ヤギさん何してたの?ってずっと思ってたので睡魔師匠で消化。
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旧魔王城の片隅。睡魔は珍しく自室で眠っていた。ここで初めて部屋を持った時、眠りの精霊よろしく 寝具は上物をあつらえたのだが、いかんせん睡魔自身が寝る場所にこだわりがないため使用頻度が低かった。それに加えて旧魔王城は魔王城と比べて今では魔物が少なく、危険さえ避ければどこで寝ても支障がない。
自室でくつろぐのは月に片手で数える程度とさらに減ってしまった。それなのにあえてこの日この場所を選んだのは、それ自体が虫の知らせだったのかもしれない。『見つけたら起こしてくれ』と札を置いていつも通り睡眠にふけこもうと目を閉じた。
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『あくましゅうどうしさまだ〜』
旧魔王城の異形な姿の小さな魔物たちが無邪気に手をふる。コートを羽織りストールを首に巻いたあくましゅうどうしは愛想笑いでもって手をふり返した。「私が今日ここに来たことは内緒だよ」と人差し指を口元で立てる。魔王城外ではあるが彼らは仲間だ。親しみをもって接してくれる可愛らしさもあり無下にはできない。挨拶もそこそこに、あくましゅうどうしはマグマに囲われた崖の淵やトラップだらけの中庭。思いつく限りの場所をキョロキョロと見渡し睡魔を探していた。睡魔の行動パターンは誰よりも知っているつもりだったのだが、どこにも彼の姿は見当たらない。
試しにと思い、最後に彼の部屋を覗いてみる。魔界の月がよく見える大きな窓。その近くに置かれたベッド以外はクローゼットと本棚ぐらいしか置いていない簡素な部屋だ。入社したての頃教育係を請け負ってくれていた睡魔が、指導の名の下に後輩である自分を度々ここに呼び出してはふたりで晩酌をしていた。
律儀に用意された札には『見つけたら起こしてくれ』と書かれているが、今日は起こして話をしたい気分ではない。ただ顔を見にきただけなのだ。起きていれば声もかけずに立ち去ろうと思っていたのだが、眠っているのであれば好都合だった。
ここまで辿り着く道中、昔の思い出が蘇った。悪魔の郷を出てからと言うもの自分の思い通りにならない日々に苛立ちながら過ごしていた時のことや、同僚たちと馬鹿騒ぎしていた時のこと。改心して今の自分に至るまでの過程。本当に色々あった。その日々の中で入社当初から世話になっている睡魔だが、過ごした時間は起きている時だけを数えれば随分と物足りないものかもしれない。落ち込んだ時やただの気まぐれにこうして眠っている睡魔の横で過ごした夜も実は結構あるのだが、現実での時間の流れなど彼の知るところではない。
こちらが鬱々とした気分でいる時も、変わらず飄々とした様子で眠っている。睡魔は寝ている時も起きている時も変わらない。変化が少ない。気分の上がり下がりだとか、怒りや悲しみに囚われている姿を見たことがない。人に見せていないだけで実はひとりきりの時にそうなっているのかもしれないが、少なくともあくましゅうどうしは見たことが無く、昔も今も気持ちの浮き沈みが激しいあくましゅうどうしにとって変わらない睡魔の隣は居心地が良いものだった。
(……本人には決して伝えることはないけれども)
睡魔の枕元には本が一冊置かれていた。読み始めてもすぐに寝てしまい、どこまで読んだか曖昧になってしまうので中々最後まで読むことができないのだと言っていた。それを聞いて作った手作りの栞が本の途中にちゃんと使われている。あくましゅうどうしは起こさないよう静かに本を手に取るとベッドを背に床に座った。表紙を開いては視線を文字に流す。
睡魔の気配。コウモリの鳴き声。風の音。落ち着いた空気の中ページをめくる。どのくらいそうしていたのか、あくましゅうどうしの手が止まった。上着のポケットに入れていた懐中時計を確認すると、もうそろそろ此処も出なければ列車に間に合わない時刻であった。
立ち上がり本を戻すついでに睡魔の頬にかかった髪を指先で払ってやる。ぴくりとも動かない寝顔を眺めた。
以前に睡魔は酒に酔いながら『寝てる間に季節が勝手に過ぎて行く』と吐露していた。当時はお得意のボケかと思っていたのだが、実のところは本音の悩みだったのかもしれない。歳を重ね落ち着いてきた最近になって、ようやくその言葉の意味を深く理解できるようになってきた。あの時はなんと返事をしたか忘れてしまったが、きっと今の方がまだマシな返答ができただろう。
しかし、そんな悩みをもつ友人に対して今から酷なことをしようとしている。寝てる間に自分が魔王城から去れば彼はどう思うのだろうかと、少しばかり気がかりになった。ここには優しい者たちが沢山いる。自分ひとり居なくなっても心配をする必要は無いのかもしれないが、付き合いが長い分、どうしても睡魔には申し訳なさが残る。
それでも──…。
「私は行くよ。睡魔」
名残惜しいと思いながらも、それを上回る罪の意識が拭えないのだ。
カバンを抱えて窓の縁に足を掛け、あくましゅうどうしは夜空にふわりと飛び立つ。後ろ髪を引かれる思いだが、到底、振り返る気にはなれなかった。
あくましゅうどうしの影がかかり、睡魔はうっすらと瞼を開けた。彼の背中を遠くに眺め、消え入る頃には静かに眠りについた。
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