■  姫と睡魔

姫と睡魔。時々、少年。
サブタイ「そんな甲斐性、あいつは持ち合わせていないはずだが?」※睡スヤに見えるかもしれないけど睡スヤではない。


 。・*.°

「──人質の姫とは驚いた。私は睡魔という者だ」

初めて会話をした時から、どの位の月日が経ったか。目覚めると時折、姫が俺の傍らで眠っていることが多々あった。今日もそうだ。いつの間にやらのしかかった腕の重みに目を開け、そちらを見やれば彼女は穏やかな寝息をたてて横で大人しく眠っていた。師匠である自分が眠る場所であれば間違いはないと思っているのだろうし、まさにその通りなのだから賢いことこの上ない。

初めの頃は流石に驚いたものの、自身の手ぬるい性格も相まり、同じことを二度三度と繰り返されれば、その行為に対しての違和感は次第に薄れた。姫の睡眠への情熱は目を見張るものがある。眠りを愛してやまない気持ちは誰よりも身に沁みて分かっている分、気持ち良さそうに眠る姫の寝顔を、眠りの化身である自分は静かに見守る他ないと思っていた。

だがどうだろう。ある頃から旧友の態度がおかしい事に気付いてしまった。『あの男』はどうやらこのお姫様にご執心のようだ。周りから見てすぐ分かる挙動不審な態度は日を増すごとに悪化の一途を辿っている。何百年と年の離れたお嬢ちゃんだが、逆を言えばそれ程長い間、誰にも惹かれることの無かった男の気を引いているのだ。これには心底驚いた。

あの男が、『レオナール』の顔が、思慕の想いに紅く染まる日が来ようとは思わなかった。よほど長いことそういった話しを聞かないので口では悪戯につつく事もあったのだが、魔王に尽くすあまり色恋沙汰への興味などとうに枯れ果ててしまっているのかとばかり思っていた。しかしどうやらそれは杞憂のようだったらしい。


「お〜い……、お前さん」

睡魔が寝起きの状態で呼びかける。姫は彼の片腕に頭を乗せて夢の中だ。呼吸と共に静かに肩を上下させる姫の寝顔を虚ろに眺めながら、睡魔は自身の前髪をくしゃりと掻き上げた。この状態でどのくらい眠っていたのか知る由もない。睡魔はあくましゅうどうしを訪ねてバクムーを使いこちらへ辿り着いたはいいものの、彼を探している最中に抗いがたい眠気に襲われた。マグマの煮えたぎる階層の影のかかる場所。程よい温度に耐えきれず、今にも眠ってしまいそうだったのだ。

朦朧とする意識の中とっさに周囲を見渡す。岩場が囲うあそこであれば行き交う魔物の邪魔にもならなさそうだ。懐から巾着を取り出して、持ち歩くために小さくする魔術を施した愛用のふかふかマットを取り出す。ポンッと大きくなったそれを地面に敷くと、すぐさまフラリと倒れ込んだ。そして目を覚ました時にはこの有り様だ。

このまま寝続けても睡魔自身は一向に構わない。が、あの男に知られるのがマズいことは分かる。勘違い云々、もしくは自分は姫に気がないとか、そう言う問題ではない。単純に、彼を傷つけてしまう事が目に見えているのだ。へらへらとのらりくらり躱すのも手だが、この現状を見せつける必要もない。避けられるようであれば避けてやるのが優しさだろう。一人用のマットに二人が寝るとなると、どのような状態であるかは誰もが察する通りだ。睡魔はあくびをしてから姫の頬をぺちぺちと叩いた。

「ぬぅ……?」

姫の瞼がゆっくりと開く。睡魔は寝ぼけ眼の姫の長い髪をひと束掬いあげ、視線を誘うように唇へと寄せた。

「お嬢さん、いくらなんでも無防備すぎやしないか」

睡魔が穏やかな声で言うと、姫は片目を擦りそのまま睡魔の手に手を重ねた。

「どういう、こと?」

とろんとした瞳に浮かぶ星は未だ霞んでおり、あちらとこちらの狭間にいるようだ。

「男と女が添い寝するのはどう捉えられてもおかしくないぞ。レオは教えてくれなかったか?」

眠りを阻害された姫は唸る。

「よく分からないけど……なんか、言ってたような……気もする、……」

語尾が消え入る。睡魔の手から姫の手がスルリと落ち、そのまま彼女の瞼は再び閉じてしまった。とりあえず腕だけは自由にさせてもらうため頭から引き抜くと、寝返りをうった姫はふわふわのマットに顔を埋めて囁いた。

「ダイジョウブ、レオくんとも……(ベッドに勝手に侵入して)寝てる……から」

辛うじて言い残し、自由な姫は睡魔を残してあっという間に夢へと溶けていった。睡魔が驚いたように瞬きをすると、不意に物影からカタンと音が鳴り、つられてそちらに振り返る。覗いていたのは慌てふためいているきゅうけつきだった。

睡魔は立てた人差し指をそっと唇にあて、きゅうけつきに静かに微笑んだ。顔を真っ赤に染めた少年は何度も頷くと足早に立ち去る。焦る背中を見送った睡魔は姫の頭をひと撫でしてから立ち上がり、眠ったままの彼女を残して悪魔教会へと向かった。

先に到着していた純粋な少年の反応を楽しむ睡魔を、あくましゅうどうしが訝しげに見ていたのは言うまでもあるまい。

END・*.°

(あとであの寝具は返してもらわんとなぁ)

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