■ 悪魔と睡魔 2
『あくましゅうどうしが辞表を残して城を出た』魔王の連絡を受けたハデスから通信玉に連絡が入ったのは自室についてしばらくしてからだった。睡魔はいつもと同じまどろみを感じているのに寝つきが悪かったのはコレかと、中途半端な眠気に苛まれながら寝転がっていたベッドの上でぼんやり外を眺める。
あくましゅうどうしという男は昔から溜め込むだけ溜め込んでいきなり爆発させるサガだと知っていたが、その悪癖は幾つになっても変わらないらしい。入社当初、右も左もわからないくせに強がって自己解決をした挙げ句に辞表を用意したあの頃からは成長したように見えたが、根底にあるものを覆すのはやはり難しい問題のようだ。
しかし、良くも悪くも変わらないものがあっていいとも考える。睡魔からしてみればこの悪癖が彼の欠点だというのであれば、それすらも認めてやれば良いだけの話だからだ。
「…………」
扉の向こう側から足音が近づいてくる。慣れた気配が、扉の隙間から空気を伝って肌を撫でる。睡魔は小さく息を吐き、瞼を閉じた。
・*.°
来るもの拒まず 去るもの追わずとはよく言ったもので、自然に任せるのがこの世の流儀なのかもしれない。けれど、そこに情を乗せてしまうのが『心』を持つ生き物の有り様だ。昔、偶然にも険しい顔で辞表を握りしめたあくましゅうどうしを見かけた際に酒を勧め引き止めたのは他でも無い睡魔だった。当時一番近くで彼を指導していたと言うのもあるが、単純に放っておけなかった。
自分から志願して入社したものの、いつも何か不満を抱えた様子で城内をほっつき歩いては問題を起こし、そのくせ弱い者や困っている者に対してぶっきらぼうに世話をやく。悪魔でありながら不器用な優しさを垣間見せ裏表のあるあくましゅうどうしは睡魔にとって私情を挟んだ興味の対象だった。
──自分が止めなくては他の誰にも止められない。
それを知りつつあの手をとったが、おそらくあの時はそうと知らなくても声をかけただろう。
──しかし、今は違う。
彼を引き止めるのは自分ではなく『彼らの役目』だとわかるのだ。あの時頬に伸ばされた手を掴んでも、きっと意味は無かっただろう。
あくましゅうどうしが去り睡魔が次に目を覚ました頃には、魔王一行は辞職悪魔を捕獲して城に帰宅していた。およそ20時間。意外と早くかたがついたものだ。
彼らならば必ず連れ帰ってくると分かってはいたが、やはり心の奥底ではもしもの時を考えて少しばかり危惧していたのかもしれない。なんにせよ、これで心置き無くまた眠りにつけると睡魔は安堵した。
・*.°
「睡魔、時間だ。鐘が鳴った」
数日後、あくましゅうどうしは旧魔王城に顔をだしていた。草木の茂る中庭で眠っている睡魔。札には『鐘がなったら起こしてくれ』と書かれていた。あの日、城を抜け出してから互いに会うこともなく時間だけが過ぎ、しかし遅くなっても睡魔には会いに行かねばと考えていたあくましゅうどうしは城内の鐘が鳴った瞬間に睡魔を起こした。
「お〜、レオじゃないか」
「おはよう」
あくましゅうどうしは睡魔の隣りに腰を下ろすなり、持ってきていた紙袋を睡魔の目の前に差し出す。紙袋にはコウモリやら悪魔やらの物騒な絵が印刷されていて睡魔は起き上がり、中身を取り出した。
「悪魔の郷の酒じゃぁないか」
「ちょっと……、用事があって帰ってたから」
「ほー? お前さんが好んで帰るとは思えないが」
「……まぁ、いや……うん」
野暮用だったからね。とバツが悪そうに視線を逸らす。あくまで本当のことは言わないつもりだ。似たようなことを以前一度止められたことがあるため、城からの家出騒動など特に知られたく無い。幸い、十傑以外には内々のことは伏せられ帰宅したとだけ伝えられていた。睡魔の耳にも入っていないはずだ。
「いやぁ、わざわざ気を使わせて悪いな〜」
寝起きでボサボサの髪をした睡魔が笑う。
あくましゅうどうしは自責の念から「うっ」と息を呑んで自分の卑怯さにまた少しばかり気を落とした。睡魔は眠っていたのだから何も知らない。けれど姫にも怒られたが、何も言わずに置いて行くなんて残された方の身になれば辛いことなのだ。特に睡魔は他と違ってその無情さを日々味わっている。慣れすぎて麻痺しているかもしれないが……。
「俺の今日の晩酌はこれだなぁ」
「睡魔、あの……」
睡魔が酒瓶を嬉しそうに抱えている。あくましゅうどうしはまごつきながら小さな声で「いつもありがとう……な」と呟いた。聞こえているのか心配していたが、睡魔の手のひらは背中をポンポンと叩き、あくましゅうどうしの肩を抱き寄せた。酒瓶をかざし、声を弾ませる。
「お前さんも、一緒に飲むだろう?」
「……あ、あぁ。もちろん!」
──さて、今夜はどこで飲もうか?
END.*。
(まぁ、また同じことがあれば、その時は手を掴んでしまうかもしれんがなぁ……)
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