■ 姫と悪魔と睡魔
あくましゅうどうしと睡魔。魔王城と旧魔王城を繋ぐ開通ゲートができてからと言うもの、二人は仕事終わりに酒を酌み交わすことが以前より多くなった。(もちろん睡魔がちょうど起きていればの話だが) 睡魔は五回に一回は飲み過ぎ、ていたらくになってしまうのでその度にあくましゅうどうしが介抱してやっている。どれだけ面倒だろうが、周りのことを考えればさすがに食堂には放置しておけない。やっとの思いで部屋に辿り着き、睡魔をソファに放り投げたあくましゅうどうしは堪らず床に座り込んだ。「疲れた……」と愚痴を溢して息をつく。まったく迷惑な奴だと睡魔を睨みつけるが、当の本人はクッションを抱いて気持ち良さそうに夢の中だ。
「さて……、と」
まずは風呂に入ろう。恐らく睡魔は今夜もう目を覚まさない。放っておけばいい。辛い腰を押さえつつ立ち上がる。装飾を外しスカプラリオを脱いで壁に掛けた。
・*.°
──ガタンッ、ガタタンッ!
あくましゅうどうしが湯船に浸かっている頃。睡魔が眠っているソファの斜め後ろ。大きく開けられた壁の穴を塞ぐ木箱が動いた。
──ガコ! ガコガコンッ!!
「ぬうぅっ!」
──ガコン!!
鳴き声と共に積み重ねられた木箱が音を立ててバランスを崩し倒れる。
「よいしょっと……」
穴から出てきたのは(本来なら)囚われ(ているはず)の姫、スヤリス。お気に入りのパジャマについた埃を払い部屋を見渡した。いつも侵入している時とどこか雰囲気が違う気がする。風呂場からはあくましゅうどうしの鼻歌が聞こえており、先ほどの物音では侵入に気づいていないようだった。全く不用心な魔物である。姫は決まってソファでくつろぎながら彼が自分に気付くのを待つのだが、どうやら今日は先客がいるようだ。トタトタと歩き、ソファに寝転ぶ睡魔を見た姫は瞳の星を煌めかせた。
・*.°
風呂からあがり、パジャマを着たあくましゅうどうしがまず確認したのは睡魔の寝相だった。前回、同じように部屋まで連れてきた時はソファから転げ落ちてムニャムニャと寝言を言っていたのだが、今回はまだソファの上で大人しく眠っている。あくましゅうどうしは風邪をひかないようにとベッドから毛布を引っ張ってきてそっと掛けてやった。眠る睡魔の様子を見ながら、なにやら悩ましそうな表情を浮かべる。
(いくらどこでも眠れる奴だからといって、この体格にこのソファは寝るには狭すぎる。……もしかしたらまたこんな事があるかもしれないし……、簡易的なベッドを用意するべきだろうか? いや、敷布団でも充分じゃないか?)
迷惑だと感じながらも世話を焼こうとするのは彼の優しさであり性分である。そこに損得は存在しない。無条件の愛情。周りがあくましゅうどうしという男を慕う理由の一つでもある。
「そう言えばこの辺にカタログがあった気がするんだけど……」
適当に積み重ねた本の下の方から魔界通販雑誌を引っ張り出す。テーブルの上に置き、一人掛けの椅子に腰を下ろしたあくましゅうどうしは以前自分が貼っていた付箋に苦笑した。それは姫が好きそうな寝具を見つけては印をつけて、誕生日だとかイベントだとかお返しだとか……、いつかの時の為になるかもと想いを馳せていた夜の名残りだった。自分がしていた事だが、改めて時間を置いてみると気持ち悪さが身に染みる。いたたまれない自分を隠すように、誰にも知られないように、付箋は全て剥ぎ取ってしまう事にした。
静かな空間でページをめくっていると眠気を感じる。睡魔とは今日も仕事をしてからの晩酌だった。疲れた身体に酒を飲んだこともあり、時間的にいつもより早いがそろそろ自分も眠る頃合いらしい。
──コンコン。
眺めていた雑誌を閉じようとしたのと、何者かにより部屋のドアがノックされたのは同時だった。
「…………?」
こんな時間に誰だろう?
急用かな?
──コンコン。コンコンコン。
「はーい、ちょっと待ってね」
増えるノック音にあくましゅうどうしは慌ててドアに駆け寄る。少しばかり不審に思いながらも鍵を開け、そろりと顔を覗かせた。
「お待たせ!!」
「姫!?」
ドアの前にはなぜか枕を二つ、両脇に抱えた姫が立っていた。すでにどこか楽しそうな、嬉しそうな表情でワクワクしている。
「どの枕にしようか迷って遅くなっちゃった」
「な、なんのための枕? というかこんな時間に歩き回っちゃダメだよ。もうみんな寝る時間だよ」
「だから急いで来たんだよ?」
「来ちゃだめだよ!?」
「だって今日はお泊まり会でしょ? 師匠は枕持ってなかったから、私のを取りに行くついでに持ってきたの」
姫が指差し、あくましゅうどうしがそちらに振り返ると、当たり前だが毛布に包まれソファに眠ったままの睡魔がいた。
「だから……、なんで(睡魔がいることを)知ってるのかなぁ」
「ぬふふ。おじゃましまーす」
「アッ、こらっ」
「待ちなさい!」などの制止も聞かず、姫はスルリと部屋に入り込む。姫がこの場にいることに嬉しさと戸惑いを感じながら、あくましゅうどうしは早々に諦めてドアを閉めるのだった。
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