■  姫と悪魔2



「レオくん、痛いよ。離して」

彼女の声は震えていた。自分の背丈より低く、線は細く、骨は脆い。人間の、少女の身体。抱き締めた君はすっぽりと懐に収まってしまって、このまま取り込んでしまえそうだ。しかも、少し腕に力を込めただけで痛いという。──知ってる。前から知っている。こんな風に粗雑に扱うべきではないのだと。繊細なガラス細工の枝が折れぬように、紫空を映す清白な眸を穢さぬように、意図して慎重に、大切に、接してきたのだから。

覚悟をして抱き締めたくせに、身体は強張り、重くつかえた喉に微かな唾を飲み込んだのは、君の言葉の前だったか、後だったか。

「ごめん。ごめんね、姫。痛いよね。汚いし、気持ち悪いよね。……ごめん」

他に伝えるべき事ある。なのにどうして、内から引っ張り出す言葉は、どうしようもない自分を映す鏡にしかならない。四方を塞がれ前にも後ろにも行けない気持ちを声にしないまま、穢らわしい腕で、ただただ君を囲うだけ。優しくすることも、離れることもできず、私はずっとずっと君を抱き締めた。──けど、大丈夫。きっとこれは、ただの、悪夢だから。

 ・*.°

目が覚めると、自室の見慣れた天井が歪んで見えた。覚醒する直前に、ぶわりと込み上げてきた感情が静かに頬を伝い、私は無意識に止めていた息を吐き出した。

「レオくん?」
「…………!?」

ソファで寛いでいたらしい姫が、こちらを覗き込んでいる。心なしか心配そうな表情をするものだから、私は慌てて笑顔を取り繕った。

「大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。ちょっと、悪い夢を見てただけだから」
「悪い夢?」
「うん。でも、もう、覚えてないけどね」
「そっか」
「そうだよ」

仮眠のつもりで少し横になっただけなのに。
微笑みの下で独りごちる。本を読んでいた姫は手元のそれをパタンと閉じて立ち上がると、スタスタと出入り口の扉のドアノブに手をかけた。いつから居たのか分からないけど、もう、行ってしまうのだろうか。

「姫?」

──まだ、行かないで欲しい。
そんな事を言えるはずもなく、私は少しだけ伸ばした手を、姫に気づかれないうちに引っ込めた。

「ちょっとね。用事ができたの」
「え、今?」
「今」

元々言葉の足りない彼女は、大事な事こそ後になって言う節がある。姫自身に身の危険が無いのなら良いけれど、真実がわかるまで、私はいつも心配でならない。スッと部屋を出ていく彼女の後ろを、慌ててついていく。気づかれないように後をつけるのは、慣れたものだ。

 ・*.°

彼女はバクムーの中に潜り込んでいった。度々あの中に入り込んではあくむーのブラッシングをして浄化の手伝いをしているのだと聞いたことがある。

「え、待って!?」

で、あるとすれば静かに見守っている場合ではない。
悪魔の直感が鋭く働いた。

「姫! 待って、やめて!!」

つられてバクムーの中に飛び込みそうになったが、さすがにこの体格では無理だと気付いた。姫が入るだけで苦しそうにしているバクムーの中へは入れない。なす術ないまま寝転がるバクムーにしがみつき彼女を呼ぶけど返事はない。数十分もすると、姫はひょっこりと口から這い出てきた。黒い大きなふわふわとした毛玉を抱えて。

「……半分、持とうか?」
「うん、ありがと」

さっきの夢、見られてないかな……?
私の気持ちを他所に、姫は嬉しそうに微笑んだ。

 ・*.°

腕の中に収まった彼女が擽ったそうに身を捩り、私は慌てて身を引いた。身体に隙間ができると、苦しかったのか、ハッと大きく息をして、こちらを見上げる。私はそれが申し訳なくて、情けなくて。

「ごめんね」

また、謝った。

「少しずつ、強くして」

私の腰に手を回す君が言う。

「いきなりだとびっくりしちゃうから。ゆっくりしてくれたら、大丈夫だよ」

微笑む彼女の顔は、昼間に見た顔だった。
やはり夢の続きだったかと気付けば、今度こそ、優しく抱き締められる気がした。

END・*.°
(目が覚めたら、また彼女はそこにいた)

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