■ 鳥だけが逃げた
出演:
メイン/悪魔・かまいたち・魔王
友情出演/犬・鳥
特別枠/姫
サブタイ/姫はいないけど姫のせいで皆うるさい。
「テスト勉強してないよ」と言いながらちゃんとしてる奴とか、「ぬけがけ禁止ね」と言いながらちゃっかりぬけがけてる奴っているよねって話し。(何ソレ))
・*.°
「あくましゅうどうし様!」
「……?」
遠く背後から男の声が呼び止める。
食堂。仕事終わりに腹を空かせた魔物達で賑わう中、あくましゅうどうしは空いた席をひとり探し歩いていた。声に振り向くと自分が手にしているのと同じ魔王城ラーメンを両手で持って駆け寄ってくる『はぐれかまいたち』の姿があった。めいいっぱいの笑顔で駆け寄ってくる彼は以前『姫のストーカー事件』で知り合いその時の散々な出来事を思い出させるため、あくましゅうどうしとしてはあまり関わり合いたくない人物なのだが、こちらの事情を何も知らない彼はどんどん距離を詰めてくる。
「あくましゅうどうし様!」
「あ、えっと……はぐれかまいたち君。どうしたのかな?」
「はい! あの、あそこの席が空いてます! 座りましょう!」
一緒に食べる同意も聞かず、はぐれかまいたちは角の空いたテーブルに颯爽と案内する。まるで落ち合う約束をしていたかのよう自分のペースへと巻き込む相手に断るタイミングを見失ったあくましゅうどうしは、嫌々ながら仕方なく後ろをついて行った。
・*.°
パキッ。と箸を割りラーメンの器に手をかけるが、目の前に座るはぐれかまいたちのキラキラとした視線にはイヤな予感しかせず、あんなに減っていた腹だったのに箸が進まない。あっという間に失せた食欲にこんなことなら和食にでもすれば良かったと心の中でうなだれた。緊張しているのか、両手を膝に置いて姿勢正しく背筋を伸ばして座る相手に「君は食べないのかい?」とあくましゅうどうしが訊ねれば、はぐれかまいたちも急いで箸を割った。
「あの、あくましゅうどうし様、いきなり声をかけてしまいすみません」
「あはは、いや……別に構わないよ。ちょうどひとりだったし」
「俺、どうしてもあくましゅうどうし様と一度ふたりで話しがしたくて……」
「そ、そうだったんだ。何か悩みごとかな?」
──私はできれば話したくなかったんだけど。とはさすがに口が裂けても言えない。悩み相談であれば声を掛けるのにも勇気がいるものだ。…彼にそんな雰囲気はなかったけれど。ましてや仕事に関しての新人魔物の相談であれば、上司である自分は尚更聞いておかねばなるまい。
「姫のことで!」
「あぁ! ウンッ!」
そうだよね。君はそうだよね。
あくましゅうどうしは僅かな期待をすぐさまフルスイングで打ち砕かれ「ははっ」と失笑した。姫のストーカーだったのだから、そちらの悩みの方が大きいのは明白だった。現実逃避を試みようとした自分が悪い。
何の探りを入れてくるつもりなのか。
内容によっては対応を改める必要がある。
下手なことをしれっと話して姫に迷惑をかけてもいけない。
「なぜ、私に姫のことを?」
「えぇっと……あくましゅうどうし様は以前、魔王様と三人で話した際に、姫に関してすごく詳しかったので」
「うっ、」
「俺、いざとなると姫になかなか話しかけられなくて……好きな物とか、好きな男のタイプとか、もし知ってたら教えて欲しいことが沢山あって……」
「ゴホッ! ゴホゴホッ!!」
「あ、あくましゅうどうし様大丈夫ですか!?」
いきなり咽せたあくましゅうどうしに驚き、はぐれかまいたちが身を乗りだす。震える手で受け取った水をなんとか飲み干しながらも、あくましゅうどうしの思考は先の質問でいっぱいだった。
好きな物や好きな男のタイプ?
そんなこと私が知りたいよ……!
でびあくまが好きとか、ゆるふわなものが好きとか、ある程度のことは分かるけど……他の魔物が知ってることくらいしか私だって知らない。なにをするにも事前調査が必要だし、ましてや『好きな男のタイプ』なんて……。
実際には他の魔物が知っている程度どころではない知識があくましゅうどうしの脳内データベースには保管されている。日々の観察力(継続されている無意識ストーカー行為)による賜物なのだが、それらを『当たり前の基本情報』としている彼には他者から見ての脅威的レベルな知識は無知も同然だった。
「き、きみは…それを知ってどうするつもりなんだい?」
息を切らしながら汚れた口元を拭う。
はぐれかまいたちは自分の髪と同じ毛色をしたふわふわな尻尾を抱きしめて、恥じらう乙女のようにポッと頬を染めた。
「ひ……、ひめに……アピールしたくて」
「…………」
──イラァッ──……
はぐれかまいたちが一言つぶやくと、周りの空気が一変した。正確には、はぐれかまいたちの一言にあくましゅうどうしの纏う空気がぐらりと揺れたことで近くにいた魔物達が「ヒィッ!」やら「ウエェッ!?」やら騒ぎ出してしまったのだ。何が起こっているのか興味はあるものの、巻き込まれたくない魔物達は関わらないようにそそくさと席を移動した。
「あくましゅうどうし様!?」
「──…ハッ! あ、あぁ、ごめん」
「えっと、それで……あの、魔王様にも相談はしてるんですが……魔王様は姫のこと何も知らないらしくて……。まずは友達にならないといけないって話しになってるんですが、その友達にもどうやったらなれるのかわからなくて……」
「…………」
──イライラァッ──……
「……あ、あくま……しゅうどうし、さま?」
「──…ハッ!!」
いけない。彼の言うこと全てに腹の底からドス黒い何かが込み上げてくる。周囲の痛い視線を感じたあくましゅうどうしは、コホンと咳払いをして平静を装った。
そもそも、対象が姫でなくとも本人がいない場所で他者がプライベートを語るなど許されない。恐らく魔王様は自分と同じ考えで彼に何も情報を渡さなかったはず。対応としては適切だ。
「悪いけど、私から君に教えられることは何もないよ」
「えぇっ!」
「私だって姫と友達なわけじゃないんだ。あくまで『人質と幹部のひとり』。私は蘇生担当だから心配して見守ってるだけで、それ以上でもそれ以下でもないよ」
悲しきかな。あくましゅうどうしの日頃の素行を知る者。そう思っているのはお前ひとりだけなのだと、本人に指摘する者がここには誰もいなかった。
はぐれかまいたちは期待していた答えを受け取ることができないと分かるなりガックリと肩を落とした。先程から自分の尻尾を抱いたりいじったりしているのは彼の癖なのかもしれない。ふわりと尻尾で口元を隠しながら、モソモソと喋る。
「俺も……、あくましゅうどうし様みたいに姫に名前で呼ばれたいです」
「え?」
「だって羨ましいじゃないですか。俺は『キズグスリの人』なんですよ? 魔王さまだって名前で呼ばれてるし……」
「あ、あぁ。でも、他の魔物たちもけっこうあだ名で呼ばれてるから……そんな気にすることじゃ……」
あくましゅうどうしはフォローのつもりで相槌をうつが逆にそれが気持ちを逆撫でしてしまったようで、はぐれかまいたちは食い気味に声を上げた。
「気にしますよ! 俺、姫に名前で呼ばれたら嬉しいですもん!」
「その気持ちは分かるけど」
「嬉しいんですか!? やっぱりあくましゅうどうし様も名前で呼ばれて嬉しっ、ふがっ!」
「コラッ! そんなこと大声で言うもんじゃないよ!」
勘違いされるだろう!
あくましゅうどうしは顔を真っ赤にして身を乗り出し、とんでもないことを言い出すはぐれかまいたちの口を慌てて塞いだ。格好をつける訳ではないが人質の姫に名前で呼ばれて鼻の下をのばす幹部だなんて思われたくない。(もちろんすでに手遅れだ)
「ぷはっ。お、俺の名前『サブロー』なんです。あくましゅうどうし様、お願いですから姫に教えてください!」
「え……、い、嫌だよ!」
咄嗟に断ったのは嫉妬心で姫に教えたくないからではなく、彼と姫に繋がりのない現状、脈絡なくいきなり「あのこ『サブローくん』なんだよ」と姫に教える自分を変な奴だと思われたくないがための拒否だった。他意はない。…たぶん。
はぐれかまいたちは大きく息をついた。
「やっぱり……、自分でなんとかして友達になるしかないんですね……」
「……そうだね」
「……わかりました。──…俺、ちょっと今から姫探して声かけてきます!」
「んンッ!?」
どうしてそうなるんだ?
君はそれができないから話しかけてきたんじゃないのか?
彼はどうやら衝動に流されやすいタチのようだ。
立ち上がるはぐれかまいたちを捕まえようと伸ばした手は空を掴んだ。
「あ! ちょっ、君! 待ってッ」
──ドンッ!
「ぶわぁ!」
持ち前の勢いに任せて通路に飛び出した彼は案の定、通行人にぶつかってしまい尻餅をついてしまった。「いててっ」と腰をさするはぐれかまいたちの頭上にゆらりと影がかかり、手を差し伸べられる。
「わ、悪い。大丈夫だったか? 我輩、前見てなくて……」
「「「あっ」」」
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