■ 鳥だけが逃げた
今日の日替わり定食は好物のハンバーグだった。お子様のようだと笑われようがうまいものはうまい。白飯とサラダとスープとメインのハンバーグ。ほわほわとした湯気にのるデミグラスソースの濃厚な香り。機嫌良く定食の乗ったトレーを受け取ると、タソガレは先に座って待つレッドシベリアン・改の元へと足早に向かっていた。
──ドンッ、と衝撃を受け、態勢が大きく崩れる。タソガレは咄嗟にバランスをとり大事なハンバーグを落としてなるものかと両手で持ち上げては器用にステップを踏んで汁一滴溢すことは無かった。見事である。周りにいた魔物達は我らが魔王に各々拍手を送った。
「わ、悪い。大丈夫だったか? 我輩、前見てなくて……」
ほっとしたのも束の間。事故に合ったのは自分だけではない。すかさず片手にトレーを乗せ、もう片方の空いた手を差し出した。
「「「あっ」」」
──…瞬間、タソガレはしまったと言わんばかりの顔をした。
目下にははぐれかまいたち。
横をみればあくましゅうどうし。
最悪だ。最悪な組み合わせだ。姫に想いを寄せている二人が揃うなど、この先地獄絵図が待っているに違いない。魔王たるものの直感がそう告げていた。
「お、お前たちが一緒にいるなんて珍しいな…! 我輩はあっちで改を待たせてるから行くのだ! じ…、じゃっ!!」
申し訳なさから伸ばした手だったが慌てて引っ込める。しかし時すでに遅し。その手は腕ごとしっかりと掴まれてしまい、はぐれかまいたちは縋るような表情でタソガレを見上げた。
「待ってください魔王様ぁ!」
「放せ!」
「魔王様待ってください! 彼を止めてください!」
「え、と……止める?」
思わずあくましゅうどうしに視線を送る。
はぐれかまいたちは腕をグイグイとひっぱりタソガレの身体を揺さぶった。
「俺今から姫に名前を教えに行くんで一緒についてきてください!」
──はぁっ!?
何を言ってるのだコイツは!!
タソガレは胸中で叫んだ。
「い、嫌なのだ! 我輩これから飯なんだから!」
「そうだよ! はぐれかまいたちくんもまだ食べ終わってないじゃないか! お残しは禁止だよ!」
あくましゅうどうしが食堂の貼り紙を指差し、はぐれかまいたちはハッとした様子で立ち上がる。タソガレの腕はしっかりと掴んで離さない。逃げられない。
「あ! そ、そうでしたね、とりあえず食べきらなくちゃ……。魔王様、魔王様もこちらに!」
「何故我輩まで!?」
「魔王様、彼の保護者でしょう!? ちゃんと面倒みてください!」
愛犬を待たせていると言っているのにこの者たちは揃いも揃って聞く耳をもたない。いや、それほどまでにややこしい状況ということなのだろうがそれならば尚更巻き込まれたくないのが正直な気持ちである。しかし放置しておけば更なる悲劇が起きるかもしれない。
決断を迫られたタソガレは「グウゥッ」と唸った。
「「魔王様!!!」」
詰め寄る二人の圧により……否、遭遇した時からこうなることは決まっていたのかもしれない。
「うぅ……っ。わ、わかったのだ…」
魔王の威厳などどこへやら。枯れた花のように頭からしおしおとうなだれる。
片手に乗せたままの熱々ハンバーグだけが、タソガレの冷えた心を温めようとしてくれていた。
・*.°
タソガレとはぐれかまいたちが横並びに座り、向かいにはあくましゅうどうしが座っていた。ズルズルと麺をすする音とハンバーグにナイフを切り込むカトラリー音のみが耳に響く。
自分を席に座らせたくせに何も話しを切り出さないあくましゅうどうしをコッソリ盗み見しながら、タソガレははぐれかまいたちの耳朶を怨みも込めて強く引っ張り、静かに……しかし怒りも交えながら耳打ちした。
「お前、どうして我輩のいうことを聞かなかったんだ!」
あくましゅうどうしに相談するのだけは『絶対に! 絶対に!!』やめておけ!
タソガレは口を酸っぱくして言いつけていた。
はぐれかまいたちは申し訳なさそうに肩をすぼめる。
「だ、だってどうしても姫と仲良くなりたくて……」
「お前なぁ〜…っ」
気持ちはわかるが……本当に、本っ当──っに! コイツにだけは手を出してほしく無かった……。
「あくましゅうどうし様はとても姫に詳しいから……」
「(ストーカーなんだから)当たり前だろう!?」
「当たり前!?」
「え?」
「もががっ」
あくましゅうどうしが反応した瞬間に、タソガレははぐれかまいたちの口を塞いだ。
「な、なんでもないのだぁ〜…ははっ」
まったく冷や汗が止まらない。気が気でない。
二人が行動を起こす度に心臓が壊れてしまいそうだ。とりあえずこの場を収めるには『解散』するしかない。
早く飯を食い終わって立ち去るのが自然!
もしくは待ちくたびれた改が迎えに来てくれるか!
タソガレが救援を求めてそわそわと周囲を見渡していると、ついにあくましゅうどうしが口を開いた。
「その……、はぐれかまいたち君は……姫のこと、本当に好きなんだね」
「はい! 一目惚れですが、姫のことは知れば知るほど魅力的で……、行動力があって可愛いし、ミステリアスで……ロマンチックな感じもいいなって」
はぐれかまいたちが頬を紅潮させて語り始めると、タソガレはおもむろに両手で顔を隠した。
──やめろぉ、コイツの前で姫を褒めるなあ!!
「なにより初めてあった時の優しさと綺麗な瞳が忘れられません……」
保護者がそばに居るからか、はぐれかまいたちは先ほどより恥ずかしげも無く恋心を曝け出している。興奮している魔物の隣でタソガレは到底、あくましゅうどうしの方を向くことができないでいた。
あくましゅうどうしは姫のことになると途端に人格が破綻する。呪いの人形を作ってしまったりストーカー行為を働いてしまったり。情緒不安定になるとやたらと髪を伸ばしているらしいなんて話しも聞く。昨今のあくましゅうどうしの挙動を見るに、はぐれかまいたちが締め殺されるのではないかと心配するほどだ。
「……そっ、か」
思っていたより静かな声色に、タソガレの思考がハタと止まる。
「まぁ、姫は顔と名前覚えるのが苦手みたいだから、やっぱりまずはあいさつとか声をかけるところから地道に頑張るしかないね?」
タソガレはバッと顔を上げるが、瞬時に目を強く瞑って俯いた。あくましゅうどうしは意外にも穏やかな笑顔でいたのだが、逆にその凪いだ雰囲気が「君にそれができるかは怪しいところだけど」と、暗に物語っているようにしか見えなかったのだ。なによりの証拠で先ほどちらりと視界に入った箸を持つ手がカタカタと震えていた。
あくましゅうどうしとしてはそんな意図はなく、極めて自然で無難なアドバイスはないかと模索してだした答えなのだが、タソガレにその胸中は伝わらない。姫に抱く想いに明確な名前はないし、ましてや彼のように自分に正直になる勇気もない。けれどこのモヤモヤとした気持ちは邪すぎてよろしくないことは分かる。一応年長者の一意見……、大人の対応をしたつもりだ。
「ね? 魔王様」
「そ、そうなのだ! 物事には順序ってものがあるからな!」
「そう……、ですよね……」
タソガレは大沙汰に笑ってみせ、場を和ませようとしたが「はあぁ〜」と大きな溜め息をつくはぐれかまいたちにすぐさま空気を持っていかれてしまう。自慢の尻尾を掴んで握りしめてやろうかとも考えたが、いくらなんでも部下に手を上げるのは後々問題となる危険性があるので我慢した。
「あいさつ……。魔王様──…俺、明日から毎日姫の牢に通うとかどうでしょうか?」
「へぇっ!?」
おもわず声が裏返る。
はぐれかまいたちは拳を握って目を輝かせていた。
だからどうしてコイツはいつも抜かりなく『最悪を』選択できるのか。もはや才能か? 前回は姫のヤバさを教えようとしたが、まずはあくましゅうどうしのヤバさを教え込むべきだったかもしれない。はぐれかまいたちの発言は自分を処してくれと首を差し出しているようなものだ。
タソガレはまるでゲテモノを見るかのように顔を歪ませた。
「ダメだよ」
あくましゅうどうしが先ほどまでの穏やかな声とは違う冷ややかな声で言い放つ。
「姫に迷惑だろう? 絶対にダメだよ?」
「え、迷惑……ですか?」
「『牢』ではあるけど姫にもプライベートな時間はあるからね。もし君が行ったタイミングが悪ければ嫌われてしまうけれど、それでもいいのかな?」
室温は変わらないはずなのに突如として感じる悪寒。タソガレとはぐれかまいたちは揃って肩を震わせた。元凶である絶対零度のオーラを纏ったあくましゅうどうしの微笑みには幼少期のタソガレを見守っていた聖母のような温もりは微塵も無い。ようやく事の重大さを察知したのか、はぐれかまいたちは尻尾をぎゅうぎゅうと抱え込み何度も大きく頷いた。
「た、確かにそうですね! やめておきます!!」
「うん、そうだね。すれ違う時くらいで充分だと思うよ」
「はいぃっ」
いっそ清々しく怒り狂ってくれた方がまだ恐怖も紛れるというのに、この男はそれを知ってか知らずか本気の時には黙して怒る。悪さをいたした際に躾けられてきた過去が蘇るというものだ。
──…怖ぁっ。……もう我輩、限界なのだぁ……。
タソガレは目を閉じ口を硬く結んで時が過ぎるのを待つ事にした。
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