■  人魚姫より眠り姫


側を通り過ぎる魔物達の視線が痛い。それもそうだ。姫を二人も引き連れて歩いているのだから。彼はあれから暫くタソガレに説得を試みたのだが、他に良い案が浮かばないと断られてしまった。両手を合わせて頭を下げられてしまえば、あくましゅうどうしは主君の悩みを軽くする為、嫌々でも受け入れることしかできなかった。しかし……、やはり判断を間違えたかもしれない。

一応、ふたりには『本物』『偽物』と書かれた札を首からぶら下げてもらっていたのだが、可愛くないのが気に入らなかったのか、早々にひめドラゴラがマグマに投げ捨ててしまった。賽は投げられたと言わんばかりに、そこから悲劇は始まった。

シルモスの蘇生の為に墓を運んでいれば、通りがかったおばけふろしきの悲鳴が轟く。

「ひめどらちゃん、頭と手はいらないからね」
「…………(コクコク)」
「さすがに二人がかりはやめてあげてっ!?」

備品管理にアイテム庫へ入れば家探しをする。

「あとで二人で山分けしようね!」
「…………(コクコク)」
「コラッ、泥棒しない!!」

書庫に出向けば工事を始める。

「ここに、こう……穴を開けて」
「…………(コクコク)」
「新しい抜け道作らないでえぇーっ!!」

挙げ句の果てには城外移動を試みる。

「旧魔王城にも行ってみる?」
「…………(コクコクコクコク)」
「いや、もう、それだけは本当にダメだよ!?」

姫がやることはいつもと変わらないのに、勢いも被害も二倍だった。姫を止めようとしてもひめドラゴラが悪さを始めてしまうし、ひめドラゴラを止めれば姫が悪さをしてしまう。(最悪、墓になってしまう)せめて、もうひとり子守役をつけてくれと頼めば良かった。……いや、その役目が本来、姫の筈なのだが。これが姫なりの面倒の見方と言うことなのだろうか。昼がまわる頃には楽しそうな二人とは対照的に、あくましゅうどうしの顔はやつれていた。

「よしっ! ご飯食べに行こ」
「そ、そうだね……、ちょっと遅くなっちゃったけど」

それもこれも、姫のせいではあるのだが……。この調子だと午後の会議は控えて、ふたりの側にいた方がいいだろう。あくましゅうどうしは通信玉を取り出すと、渋々欠席の旨を伝えた。


 ・*.°

食堂に満ちた美味しそうな匂い。極力、目立たないように奥まった席を選んだあくましゅうどうしの手が止まったのは、食事を終えたからではなかった。すぐ横に座るひめドラゴラが、姫の姿のまま、目を瞑ってこちらに口を開けていたからだ。

「ひ、ひめ……ドラゴラ?」

思わず身を引いてしまう。
身を引いた分、ひめドラゴラは、ずずいと詰め寄った。

「え……、えっと……あの」

チラリと向かいに目をやると、姫が怪鳥茶碗蒸しをもぐもぐしながらジッとこちらを眺めている。気分を害している様子はないが、助け舟は出航しなさそうだった。

「自分で食べられる……でしょ?」

あくましゅうどうしの言葉に、ひめドラゴラが首を横に振る。

「ひめどらちゃん、レオ君の炒飯が食べたいんだよ」
「あ、そ、そうなの? どうぞ!」

食べやすい場所に皿をずらすが、ひめドラゴラは動かない。

「炒飯が食べたいし、『あーん』して欲しいんだよ」
「『あーん』!?」
「…………(コクコク)」

ひめドラゴラ相手に、恥ずかしがる要因はない。あるとすれば『姫の姿である』こと一択だった。別人と思うには余りにも同一すぎて、他から見たら自分がやましいことをしているように思える。それに、偽物とわかりつつもグイグイ来られるのはちょっと……。こんなことなら以前睡魔に貰った『癒しの薬』を使って、もっと慣れておけば良かったかもしれない。

あくましゅうどうしは目を閉じ、深呼吸をしてから手元のレンゲを持った。

「ほら、ひめドラゴラ。……こぼさないでね」

小さな口に、そっと炒飯を放り込む。

「ぬうぅんっ!!」
「へあぁっ!?」

突然の姫の鳴き声に手元が狂い、ひめドラゴラの口にレンゲを突っ込んでしまう。「ゴフッ」と咽せたひめドラゴラの口周りについた米粒を拭きとりながら、あくましゅうどうしは姫に叫んだ。

「何事かな!?」
「なんでもないヨ」
「本当っ!?」
「ウン」

笑うわけでもなく、至って平静を装った姫が、再び茶碗蒸しを食しながら頷く。感情の読み取れない視線を感じながら、あくましゅうどうしはひめドラゴラの口に何度か炒飯を放り込んだ。

「美味しいかい?」

あくましゅうどうしが問いかけると、ひめドラゴラは満足そうに笑顔で頷いた。

──あれ? なんだか、これって……。
ふわりと心に暖かなものが芽生える。心地良いそれは昔によく感じていた、懐かしい気持ちであった。


 ・*.°

「ひめどらちゃん寝ちゃったね」

姫がどうしてもひめドラゴラを連れて行きたいと希望した怪鳥牧場のヒナ専用小屋。しばらく二人で仲良く世話をしていたのだが、気付けばひめドラゴラは藁の上でヒナ達に埋もれながら瞼を閉じてしまっていた。

「疲れていたのかな?」

あくましゅうどうしは片膝をついてひめドラゴラの寝顔を覗き込む。半日一緒に過ごして慣れさえすれば、ようやく挙動も収まった。やはり彼女は彼女。姫は姫だ。

コンコンとノック音がすると、小屋の扉が開かれる。頭の特徴的な赤いグラデーションの羽が揺れ、足を踏み入れたのはのろいのおんがくか・トリースだった。

「えっ……、これ、どういう状況?」

姫が二人いる。こんな所で魔術の練習でもしていたのだろうか? それはちょっと……趣味が悪い。トリースは眉を顰めた。そして姫が今日、怪鳥の世話をしたいと言っていたから仕事の合間に様子を見にきたのだが、上司がいるとは思っていなかった。いや、彼がいることは別に構わないのだが、問題はもうひとりの『姫』だ。

「ひめどらちゃんだよ。元に戻るまで、一緒にいなきゃいけないの」

姫が姫を指差す。不思議な光景。

「ひめどらって、かなり前にビラ撒かれてたあの『ひめドラゴラ』のこと?」
「うん」

トリースは「ふーん」と返事をしながら、あくましゅうどうしがひめドラゴラの身体をひょいと持ち上げる様子を眺めていた。

「もう、行くの?」
「そうだね、風邪ひいちゃうといけないから、このままここに置いておくわけにいかないし……」
「あくましゅうどうし様、平気なんだ」
「え? 何が?」
「いや、だって……姫だよ?」
「え?」
「姫をお姫様だっこ……」
「い、いや、ひめドラゴラだから平気だよ!?」

トリースがなにを言わんとしているのかを理解したあくましゅうどうしの尻尾が、残像を残しながらひゅんひゅんと激しく揺れている。トリースはあくましゅうどうしの腕の中で眠るひめドラゴラを指差した。

「そっちが本物かもしれないじゃん」
「本物じゃないよ!」
「絶対?」
「絶対っ!」

なぜそんなにも自信を持って言えるのか……。訝しげにあくましゅうどうしを見ていると、ふたりのやりとりを間で聞いていた姫が、手のひらに乗せたヒナ達に頬ずりしながら口を挟む。

「ひめどらちゃんはお喋りができないんだよ、鳥ボーイ」
「え、喋れないの!?」
「起こす?」
「いや……、いいよ」

まぁ、そのあだ名で呼ぶなら、確かにこっちが本物かもしれない。「大人しく眠っているひめドラゴラの方が『本物のお姫様』っぽく見えるけど」なんてことを言えば、あの研ぎ澄まされた大きなハサミで身体中の羽を切り刻まれそうな気がしたので、トリースは口を閉じた。あくましゅうどうしが姫に呼びかける。

「どこに連れて行こう? 姫の部屋でも良いかな?」
「いいよ、私もそろそろお昼寝したいし」
「ふふっ。じゃあ、行こうか」

トリースが扉をあけてやり、あくましゅうどうしが先に外に出る。その後ろについていく姫の隣に並んで歩きながら、トリースはちらりと姫に視線を流した。

「ひめドラゴラって、人のモノよく盗むんでしょ?」
「うん。私も枕、盗られたことあるよ」

すぐに取り返したけど! と、息巻いた姫が拳を握る。姫の寝具を盗もうとするなんて、とんでもない奴もいたもんだ。一歩間違えれば自分が寝具にされてしまうかもしれない恐れもあるのに。度胸がある。自分には到底、真似できない。トリースは鼻で笑った。しかし……いやはや、偽物とはいえ、平然と姫を運ぶ姿を拝む日が来るとは思わなかった。本来あるべき姿なのだが、それだと逆に彼らしくないと言うかなんと言うか……。

「ねぇ、姫」
「んー?」
「……枕より大事なモノ、盗られてない?」
「んん? ん〜……、お布団は、まだ盗られてないよ?」
「…………そっか」

──まぁ、そうだよね。
独り言のように呟いたトリース。彼の据えた瞳には、少女のたどたどしい小さな手が、あくましゅうどうしの修道服を握る様子が映っていた。姫は、遠くを見つめるトリースの横顔を、じっと黙って見上げた。

 ・*.°

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