『ありがとうございました。』

『容疑者の名前は村田優、定職には就かず花屋でバイトをしていたそうです。被害者は』


──プチッ


どたどたと慌ただしい足音が聞こえたので慌ててテレビを消す。


「那奈登のバカ!どうして起こしてくれなかったの〜!?」

「いやいや、お姉様があんまり可愛いもんで。ホント、俺みた」

「言ってる場合じゃないの!ご飯食べる暇も無いんだから!」

「そりゃ残念。」

「那奈登のせいでしょ!?」

「怒る暇あったら準備したら〜?」


さっきまであんなニュースがあったとは知らずどたばたと慌ただしい彼女は昨夜とは全く別人だった。

──ホント、昨日は“大変”だった。


「あれ?那奈登、テレビ見ないの?いつも見てるのに…。」

「お天気おねーさんより俺……じゃなかった、登奈見てる方が落ち着きますから☆」

「もう!那奈登ったらぁ…。」


さっきまで怒ってたかと思えば今度は呆れ顔…。よくもまあ、そんなに表情がころころ変わるもんだ。

今になってもそれには感心させられる。“演じて”いない登奈して感情が眩しい。


「あー!」

「ん?」

「お弁当!作る時間が無いじゃない!」

「ご心配無く。俺が作りましたから。ほら、ここ。」


そう言ってテーブルの端に置いてある包みを指差す。
家庭的だねぇ、俺って。


「あ、早くしないと遅刻!」


慌ただしい朝の光景が終わろうとしている。

登奈の言葉を合図に立ち上がってカバンを手に取って先に玄関へ向かった。
姉は準備を整えて俺の後に付いてくる。


「登奈、ね・ぐ・せ。」

「えっ!?」

「よし、これでOK。」

「あ、ありがとう!」


先に走りだした登奈を途中まで見送ってから反対方向へ足を向ける。どうせ遅刻なんだ、慌てたって意味が無い。


ふと家の戸締まりをしていなかった事を思い出し、来た道を引き返す。


「心なんて移ろいやすい物を一ヶ所に留めるなんて不可能だ。それでも留めたいのなら無くしてしまえば良い。虚無という名の場所に留めておけるのだから。そして自分も虚無へと足を踏み入れれば──永遠に一緒だ。」


そして戸締まりを済ませた。

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