休暇も兼ねて地上へと降ろされたある日のこと。わたしは、刹那の潜伏先であるマンションにお邪魔していた。
 その目的はたった一つ、刹那がきちんと食事を摂っているのか確かめること。刹那だって自炊はできるようなのだけれど、如何せん、あの子はジャンクフードを好む傾向にあるからだ。
 そして案の定、物の少ないがらんとした室内と同様にほとんど空っぽ同然の冷蔵庫に戦慄し、慌てて買い物に出掛け、キッチンに立っている今この状態に至る。……まぁ、わたしもそう大した料理スキルを有している訳ではないのだけれども。

「っあ、? い、った、ぁ……」

 そんな風に多少ぼんやりしていた所為か、手元が狂って包丁の切っ先が指先を撫でる。ぴり、と僅かな痛みが走る。赤く血が滲む。やってしまった。
 「なまえ・みょうじ、?」。思わず上げたわたしの声を聞きつけてか、リビングに待たせていた刹那が隣にやってくる。「ああ、ちょっと指切っちゃっただけ」。手元を覗き込む刹那に傷口を向けながらわたしは言う。

「これくらい舐めとけば治るよ。とりあえず絆創膏だけ」

 もらっていいかな。
 と、続く筈だったわたしの言葉は、結局、最後まで続けられることはなかった。
 刹那が、まるでそうすることが当然であるかのように自然に、そして特に表情を変えることもなく、血の滲むわたしの指先を自分の口元へと運んだからだ。

「っっ!!?! えーっと、刹那、さ……ん?」
「ああ、すまない。絆創膏だったか」

 混乱するわたしを余所に、刹那は絆創膏を取りに姿を消した。ふと、この部屋に絆創膏など常備されているだろうかと現実逃避的な思考が過ぎる。
 けれどその心配はなく、刹那はすぐに戻ってきた。あまりに顔色を変えないものだから、わたしも思わず普通に絆創膏を受け取ってしまった。

「あ、うん、ありがとう……じゃなくてね? えっ?」
「何だ」
「え、いや、だって、」
「舐めておけば治ると言った」
「言ったけど!!」


(ああっやめてそんな、何を慌てているのかわからないみたいな曇りなき眼で見ないで何これわたしがおかしいの? 今のが自然な流れなの? あれっ?)



つかの間の休日
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20120620

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