※2nd


「……ん、よし。特に問題はなさそうね」

 四年ぶりにプトレマイオスへと帰還した刹那の健康診断を終えて、わたしはカルテから顔を上げる。――と、ふと。ぐらりと視界が傾いで、思わず傍らのデスクに片手を突っ張る。
 「なまえ?」。わたしを呼ぶ刹那の声。視界の端にうつる、気遣うようにわたしの手に触れようとする彼の手。「……大丈夫、少し目眩がしただけだから」。手と手が触れ合う間際、目眩が引いてゆくのと同時にわたしは自らのそれを引っ込める。顔を上げると、目が合った刹那は少しだけ怪訝そうな顔をしていた。

「だって、わたしの手はひどく冷たいのよ」

 ひらり。およそ人間らしい温度を有さない、貧相に痩せた青白いてのひらを小さく振って見せる。まるで、わたしの心をうつしているみたい。
 けれど、自嘲気味に笑ったその瞬間、全く予想外の事態が起きる。
 刹那が、するりと延ばされたその手が、わたしの手を、掴んだのだ。

「……そんなに冷たいだろうか」

 呼吸すら忘れて呆然とするわたしを余所に、刹那が僅かに首を傾げながらぽつりと言う。
 繋がったてのひらからじわりと熱が伝わる。我に返ったわたしは、それでも吐き出す言葉を見付けられず、その手を振り解くこともできずに、ただ、他人のぬくもりとはこうも温かいものだったかと、ぼんやり思考する。

「……そう? そんなことを言うのは刹那くらいよ」

 たっぷりと時間を置いて、ようやく、平静を装って紡いだ声は、少しだけ震えていた(わたしは、動揺しているのか)(……嗚呼、でも、悪くはない)。



微笑むことを忘れてしまった能面のような美しいその横顔
title:選択式御題
word request:「冷たいだろうか」
20120528

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