ふと見上げた頭上には、今にも泣き出しそうに暗く淀んだ曇り空。こんな日にはいつだって彼女の事を思い出す。
 ぼんやりしていて危なっかしくて、かと思えば、芯が強く妙に鋭い。当然、俺が反政府組織に身を置いているだとかそういった事情は一言も教えちゃいないのに、いつだって口癖のように「危ないことはしないでくださいね」と困ったように笑う、そんなひと。
 二年前に彼女は死んだ。交通事故だった。
 二人でランチをした帰り道、並んで信号待ちをしていた時だった。(相手の事情など知った事ではないが)ひどく慌てた風に車道へ飛び出して行った男に突き飛ばされて、彼女もまた車道へと倒れ込んだ。そうして彼女は、当然の帰結、乗用車に轢かれて死んだ。今日のような曇天の下、俺の目の前で、あまりにも呆気なく言葉も出ない程あっさりと。
 どうしてあの時彼女の手を掴んでやれなかったのかと今でも思う。深く溜息を吐き出して、視線を地面へと落とす。忘れようもない程鮮明に覚えている――あの折れそうに華奢な、白い手。行き場を失くし(彼女を突き飛ばした男もまた死んだと聞いた)凝り固まったこの感情を、おそらく生涯忘れる事はない。
 懐から煙草を取り出して火を点ける。そうして一度、ふっと煙を吐き出した所でふと振り返れば、どうやら待ち人が現れたらしい。「……あんたか、俺を呼び出したのは」。
 淡々と返されるその言葉を聞きながら、俺は、もしも彼女が生きていたならば、またいつものように眉を下げ、困ったように笑うだろうかと 思考の片隅で、思った。


(「あまり危ないことばかりしないでください。いつも、心配しているんですからね」)(どこかで声が聞こえた気がした)



君に会いたいでも会えない
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20120430

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