わたしの名前を呼ぶ優しい声がして、瞳を開くと、だいすきなセルリアンブルーの、片方だけになってしまった瞳と視線がぶつかった。「おはようさん」。覚醒しきらないぼんやりとした視界の中で彼が笑う。
 ああ、これはまだ夢の中だ。とてもしあわせで、それからとても悲しい夢。もう、目を覚ましたわたしの傍に彼がいてくれることは永遠にないのに。彼はもういないのに。そんな風に自覚しながら、それでも今はまだ、もう少しだけこのあたたかさにひたっていたくて、わたしは再び視界を閉ざした。

「おいおい、そろそろ起きてくれよ」
「や……もうちょっとだけ」
「また徹夜でもしたんだろ。そんなんじゃ身体壊すぜ? あ、メシはちゃんと食ってるか?」

 せめて夢の中でくらいは安心させたくて、適当にうんうんと相槌を打っておく。本当は、一体何日ぶりの睡眠かも忘れてしまったし、ここ最近はまともに食事をした記憶もないけれど。そもそも、部屋に戻ってきたのだってイアンさんに苦言を呈されて仕方なくだ(とは言え、やっぱり身体は限界だったようで、ベッドにダイブした直後から記憶がない)。
 それでも、次に目を覚ませばわたしはまたそれまでと同じように、寝食の時間すらも削ってラボに篭もり続けるのだろう。幸いなことに仕事はいくらでもある。それこそ、他に何も考えなくていいくらい、たくさん。
 そんなことを考えていると、少しずつ意識がはっきりしてきた。わたしはもぞもぞと起き上がって、伸びをする。部屋に帰ってきてすぐに眠ってしまったらしく、着替えどころか毛布すらかけていなかった。

「……ったく、風邪引いても知らねーぞ」

 ……あれ? もう夢からは覚めた筈なのに、まだあのひとの声がする。
 不思議に思って、身体ごとベッドサイドに向き直ると、呆れたような顔をしたロックオンがわたしを見ていた。「嘘でしょ、」。思わず呆然と呟く。ああでも、さっきは気が付かなかったけれど、うっすらと背後の風景が透けている。いや、でも、まさかそんな。「……ロックオン?」。恐る恐るその名前を呼ぶと、「んー?」。当たり前のように声が返される。
 けれど、それは有り得ないのだ。だってロックオンは死んでしまって、わたしはその現実と向き合いたくなくて仕事に没頭しているのだから。それに何より、今ここにいる彼は半透明で、それってつまり、やっぱりそういうこと?

「え、いやいや有り得ないわこの24世紀に、ゆ、ゆゆ、ユーレイ、とかっ」

 脳裏に浮かんだその可能性に、わたしは思わず頭を抱える。だって、あまりに非科学的すぎる。「けどさ、実際に俺はここにいるんだぜ?」。そんなわたしの頬を撫でて、ロックオンが言った。あくまで見た感じそうだろうというだけで、触れられている感覚はない。それでも、わたしはどうしてか唐突に目の前にロックオンがいるのだと実感する。そして、そうなってしまえば全ての感情はぐちゃぐちゃに混ざり合って涙になって、視界を侵食するそれを止める術を持たないわたしには、悔し紛れに文句を垂れることしかできなくなってしまうのだった。

「う、ううう、ばか、なんでそんな落ち着いてるの……ばかろっくおん……」


(現実的に考えるなら、あまりに身体を酷使しすぎてついに幻覚でも見え始めたのかもしれない)(……それでもいいよ)(もう一度あなたに会えるなら、)



ファントムラヴァー
20110225
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